県立科学館 館長 様
このほど、貴博物館の行事の中で、ラットの生体解剖のプログラムが組まれているとの知らせを受けましたので、お電話で貴館の担当者の方と直接お話をし、そのことを確認いたしました。お話では、「おどろき実験」の特別メニューとして、午前と午後に1回づつ、各10人参加で計20人が、ラット5匹づつ、計10匹を用いるとのことです。
この生体解剖を行う理由は、
1,生物の体の仕組みの神秘さを知り、
2,生きていくことの不思議さを学び、
3,生物に関わる倫理について考え、
4,科学が進歩するために何が必要か
といった事柄を知る、等にあるとのことでした。
これは説得力がないばかりか、むしろ偽善的であり、教育に対する信頼を失わせるものであると考えます。その理由は以下の通りです。
1,生物の体の仕組みの神秘を知るために、たとえば心臓を露出させ鼓動を見ることなどがあげられていますが、心臓の動きは聴診器を当てても知ることができます。人間の手術の映像はTVなどでも放映されており、映像資料によって十分説明できます。
2,生きていることの不思議さを知るために殺すというのは本末転倒です。担当者の方は殺すことが目的ではないと繰り返し言われていましたが、徐々に死に至らしめる行為によって、生きていることを実感させることは、嗜虐的で倒錯した論理です。
3,生物に関わる倫理とは、人間の限りない欲望のために動物を犠牲にすることに歯止めをかけることであり、すでに他に代替の方法が多く存在する現在、生体解剖は倫理に反する行為です。
4,科学が進歩するためには、生き物を犠牲にしてもかまわないという理論こそ、現在、最も見直しをされなければならない価値観の一つです。人間の生活の利便さ追求に至上価値をおいてきた結果が、逆に人間性の荒廃や、自然破壊を引き起こし、人間自身を苦しめるものとなっていることに、多くの人々が気付きだしています。
なお、この他に、「人間は他の生き物を犠牲にしなくては生きられない存在だ」という言われ方があります。確かに、人間を含め多くの動物は他の生命を食物として摂取して生きています。しかし、人間はこれに加えて、食欲に駆られて必要以上に過度に摂取し、肥満や飽食による疾患に苦しんでいます。また、身体の維持とは無関係の好奇心や知識欲のためにも、他の生命を犠牲にしています。
飽食と飢餓のアンバランス、歯止めのない欲望の肥大化、環境汚染や自然破壊などが人類自身をも苦しめている現代こそ、他の生命を尊重しその犠牲を減らし無くしていくという新しい倫理と価値観が教育においても必要であると考えます。
このプログラムは中学生が対象であるとのことです。動物を生きたまま解剖するというある意味ではおぞましい行為を、「科学」の名のもとに美化して、まだ是非の判別がつかない子供たちに教えこむことは、大きな問題です。
ちなみに欧米諸国では、動物を使う実験に関わる人は免許制であり、実験計画の提出義務、倫理委員会による審査および許可制等をとっています。中学生レベルで生体解剖を実施させるなどのずさんさは、許されるべきではありません。
以上の理由から、当会では、貴館で計画されているラットの生体解剖の実施を中止していただきたく要望いたします。そして、その代わりに野外での生き物の生態観察など、生命尊重と環境保護の視点を取り入れた教育に資するプログラムに転換していただきたくお願いいたします。
動物実験廃止・全国ネットワーク(AVA-net)