救急隊員が救急治療室に重症を負った男性を担架で担ぎ込んできたとしよう。男性は強盗に撃たれ内出血している。外科医は男性を手早く診察し、男性の動転してる妻に向かってこう言う。「緊急手術をしなければなりませんが、心配はいりません。やり方は心得ています。以前ヤギでやったことがありますから」
こんなせりふを聞いてもとても安心できないが、現実からそうかけ離れているわけではない。銃による、あるいは他のけがを大雑把に模した傷を動物に負わせて治療の実習をさせている医学研修コースもいまだにある。幸いなことに、そのような研修はシュミレーターや遺体を使った実習や厳格な指導のもとでの臨床実習などの、より正確なものに取って代わられようとしている。
動物を使った実習から人体を基にした実習に切り替えることはきわめて重要なことだ。医者には人間に関する医療について広範囲にわたる訓練を積んでいてもらいたいと思うからだ。医者の研修は動物病院でではなく、病院の手術室で行われる。医者はヤギや犬、猫の動脈や静脈がどこにあるかではなく、人体について隅々まで知っていなければならないからだ。
しかし、こと薬に関しては、試薬手順は「以前ヤギでやったことがある」という話にあまりにも似通っている。時代遅れな連邦法は、あまりに大雑把で人間の患者が実際に抱える症状を見つけるには到底役に立たない実験をマウスやラットを使って行なうことを義務づけ、その結果、たびたび悲劇を招いている。
米会計検査院 (GAO) は10年の間に市場に売り出された薬の大半、52パーセントが動物実験では予測されなかった深刻な副作用を引き起こす、あるいは致命的ですらあったということを発見した。そして発疹、吐き気、下痢などといった軽い副作用は、動物実験では確認できないことが当たり前のようになっている。
1990年代中頃、医療関係者はダイエット薬Fen-Phenに含まれるフェンフルラミンとデクスフルラミンが服用者の心臓弁を危険なほど肥大させることに気づき始めた。この薬は動物実験では安全だと見なされたが、人間が使用するには危険が高すぎることが明らかになり、1997年、販売元のWyeth-Ayerst社はこの薬を市場から撤去せざるをえなくなった。これはそれまでの、製薬会社がZomax(関節炎用の鎮痛薬)やNomifensine(抗うつ剤)、その他多数の新薬開発に何百万もをつぎ込み、さんざん動物実験を行なっても、結局、人間に致命的な副作用を引き起こすのを予見できないということがわかった、というのと同様の出来事だ。
なぜ動物実験の失敗はこれほど多いのか
答えは基礎的生物学にある。動物の外見が人間のそれとは異なるように、内側も異なり、それが薬に対する異なる肉体的な反応となって表れる。例えば、動物が摂取した化学薬品は肝臓内で複合酵素が分解・除去する。この酵素の働きは動物の種によって異なる。だから、ある人が薬を体内からすばやく取り除き、何の副作用も起きない場合でも、別の人は同じ薬を体内に保持し、あらゆる種類の副作用がおきてしまうことがあるように、動物の肝臓を通過する薬は、血液中に蓄積されることもあれば、除去されたり、あるいはまったく違う化合物に変化することすらあるが、それは実験に使用する種によって異なる。そのため、動物実験で得た副作用のデータが人間に起こる副作用とは似ても似つかないものである場合もあるのだ。
より新たな方法がまさに我々が必要としているものであることが実証されつつある。MEIC(国際的なin-vitro試験法による有用性評価プログラムのひとつ)プログラムによって、ラットやマウスを使用した実験では人間における薬の致命的血中濃度を65パーセントしか予見できないが、複合臨床試験では薬の毒性が80パーセントも予見できることがわかった。
これを、新薬開発とその副作用予見のためのコンピューターを導入した新しい方法と組み合わせれば、より安全や薬を製造するためにこれまでにない最良のものとなる。また、疾病に関する実験にも同じことが当てはまる。我々が焦点を合わせるべきは人間の疾病であり、大雑把な「動物疾病モデル」ではないのだ。
残念なことに、昔からある研究支援団体は現代化が遅れている。'The March of
Dime' は現在、オレゴン地域霊長類研究センターでの、妊娠中の女性が子宮のバクテリア感染症にかかると流産をする可能性があるということを実証するための実験に資金を提供している。この実験ではサルを人工受精で妊娠させ、狭いケージに閉じ込め、モニターケーブルを子宮内、そしてその中にいる胎児の‘体内’に挿入する。まだ、この実験はまだ「新たなる発見」を報告するには至っていないが、感染が流産を引き起こすことがあり、早産の危険性が倍増されるということは、妊娠した女性を対象にした綿密な調査データがすでに示している。
'The March of Dime'がこのような実験に資金を提供する代わりに臨床の場で出生時障害が起きた際に、職場での感染の可能性、遺伝的要因、また他の考えうる原因を洗い出してその原因を究明し、それらを生活の中から取り除けるようにするために活動すべきだという考えが強くなっている。
このような団体が、より共感でき、また効果的でもある研究方法へ支援を切り替えるよう促したい人々は、今、そのための貴重な手段を与えられている。健康関連の団体に寄付を求められた際、その団体が「人道的支援団体認定証」(Humane
Charity Seal of Approval)を持っているか尋ねるか、ネットで www.HumaneSeal.org を調べればよい。
「人道的支援団体認定証」は「人道的寄付評議会」(Council on Humane Giving)が、動物実験を行なわずにほんとうに必要な医療保健サービスや研究を行っている団体に与えているものだ。
より多くの研究機関が動物実験から離れ、最高準の研究のみを支援するようになるにしたがい、現代の医師には医科学が提供し得る最高の道具が与えられることになる。すぐには効果的な治療法の見つからない傷病もあるが、少なくとも治療に向けた研究は人間という種に焦点を当てたものになる。