アルツハイマーのワクチン開発、
動物実験では成功、臨床試験では失敗
(The New Scientist, BBC News)
AVA-net News No.92(2002.5-6)
翻訳:宮路
アルツハイマーの進行を逆もどりさせるために開発され、非常に有望視されていたワクチンを接種された臨床試験ボランティアのうち12人が重症の脳炎になり、製薬会社は
試験の中止を余儀なくされた。また、この製品の臨床の場での有効性を疑問視する声もあがっているようだ。
AN-1792と呼ばれるこのワクチンは、アイルランドの製薬会社イーラン製薬が開発し、この2年間、科学者や患者の支援者たちから非常に期待されていた。というのも、マウスを使った実験ではアルツハイマーの進行を阻止、あるいは病気自体を治すことも可能だと思われたからだった。
アルツハイマーは徐々に人の精神を冒していく。アメリカでは200万〜400万人の年配者がこの病にかかっており、2030年までには患者数は1500万人になるといわれているが、現段階ではあまり効果のある治療は存在しない。
脳の疾病治療に免疫作用を利用したアプローチが用いられるのは初めてのことだが、このワクチンはアルツハイマーの原因と考えられているベータアミロイドという脳に沈着するタンパク質を除去する免疫作用を引き出す。
動物実験と第一相臨床試験ではこのワクチンの安全性に特に問題はないとされていたが、それでもこの治療方法は論争を呼んだ。というのは、免疫作用はその特徴として炎症を引き起こす。そして、脳の炎症、すなわち脳炎は人体に深刻な影響を及ぼし、時には人命を奪うこともある。
イーラン製薬のスポークスマンによれば現在、独立した委員会が試験データを調べているところだという。今回の臨床試験は軽度から中度のアルツハイマー患者約360人がヨーロッパ4ヶ国アメリカ11ヶ所から参加している。
しかし、情報筋によるとこのワクチンが脳の反応を引き起こしたことはほとんど疑う余地がなく、この反応は脳炎であるとも、髄膜脳炎であるともいわれている。どちらも症状としては発熱、頭痛、意識障害などが見られる。
このワクチンが他の疾病を引き起こす、あるいはアルツハイマー自体を悪化させる危険性があると以前から警告していた科学者もいる。そのひとり、米国立精神衛生研究所老人精神医学科主任、トレイ・サンダーランド博士はこのワクチンが脳炎を引き起こした、あるいは脳の血管を破裂させたという可能性も考えられるが、後者である場合は、血管が破裂することによって細菌などが脳に侵入することが可能になり、細菌感染によって脳炎になるという。
イーラン製薬はこのワクチンを米大手企業アメリカン・ホーム・プロダクツの製薬部門、ワイエス製薬と共同で開発してきた。数名のボランティアが脳炎と診断された時点で、どの程度迅速にワクチン接種を中止したのか、あるいはこの情報についてこれから脳炎になる可能性もある他のボランティアに提供したかどうかについてのコメントは得られなかった。
専門家によれば、すべてが順調に行っている場合でも認識力に障害のある患者を対象にした臨床試験を行なうのは、参加者に試験のリスクすべてについて、また試験開始後にそのリスクが変化した場合にもそのつど通知するというインフォームド・コンセプトの概念からみた場合、非常にむずかしいという。