実験動物の飼養状況を改善しようとする傾向は予想外の結果をもたらしている。最近の研究によると、飼養状況改善によってラットやマウスなどの動物の行動や生理に変化が起きるという。これは新薬開発も含めて科学実験データに非常に大きな影響を与えることになる。
動物の福祉は重要な問題であり、実験動物の飼養状況の改善を阻止しようとするものはいない。欧州委員会は現在、実験動物の飼養状況をさらに改善する方法についての勧告を考案している。しかし、最近の研究データをみると、委員会のこの勧告が実施された場合、実験研究者はデータの分析に際して細心の注意を払わなければならなくなる。このガイドラインでは、動物の種類によって提供されるべきエンリッチメントも異なってくる。例えば、マウスの場合には巣作り用の素材を与えなければならないが、モルモットの場合にはその必要はない。代わりにパイプや小さな箱といった隠れ場を与えなければならない。
しかし、環境エンリッチメントは動物の行動に劇的な影響を与える可能性がある。「動物の行動を測定する研究においては、飼養状況を厳格に標準化することが必要です。ごくわずかな変化が多大な影響を及ぼすことがありますから」オックスフォード大学のエマ・ホックリー博士はいう。
ホックリー博士のチームはハンティントン病の遺伝子を保有するマウスを使ってエンリッチメントがどのように影響するかを調べた。マウスは標準ケージ、ダンボールの筒をいれたケージ、そして9匹のマウスが同居し運動用滑車、おもちゃ、筒、床に置かれた食物のある大型ケージという3種類の異なる環境で飼養された。
運動調整力のテストでは、エンリッチメントに配慮されたケージに入れられたマウスは標準ケージにいれられたマウスよりも優秀な結果を出した。実験研究者が実験動物の飼養状況を均一化しなければ、このような行動における差異は実験データの比較をますますむずかしいものにするだろう。特に、たとえば年数のかかる新薬開発研究などでは、最近の研究に使用している動物は実験開始当初に使用していた動物とは異なる行動を示すわけで、このような実験に携わっている研究者には難問となる。
エンリッチメントが与える影響はどのような性質の数字を測定するかによって変わる。例えば、ドイツ、ハノーバー獣医大学院の研究者チームはエンリッチメントによって一度に何匹出産するかというような繁殖パラメーターにばらつきが出ることを突き止めた。しかし、バウマンズ博士らはエンリッチメントのあるなしによってマウスの体重やストレスホルモンのレベルには差がでないことを確認した。バウマンズ博士は他の要因もこのような差異の原因となり得るので、実験研究者は環境エンリッチメントによる弊害を必要以上に言い立てて、動物の福祉を犠牲にしないことが大事だと述べている。