実験施設の標準的ケージで飼育されている実験動物は脳損傷を起こし、これが実験結果に影響を与えている可能性がある、とカリフォルニア大学デイビス校の動物行動学者ジョセフ・ガーナーは、同校で開催された第35回国際応用動物行動学会大会で発表した。この発表は、実験用マウスを標準的ケージで飼養することが賢明であるかどうか、神経科学者の間で議論を引き起こすことになるだろう。
研究者は、動物がもっと刺激を得られるような環境を提供できるケージを与えることが問題の解決につながるとしているが、スペースの制限や実験基準を統一しようとする配慮のためにほとんどの動物実験施設ではそのような革新的な方法はとられていない。
これまでの研究によって、巣作りの材料や同種の仲間をケージ内に入れると、動物の脳のニューロンの数や密度が増すことが明らかになっており、そのような環境で飼養されているラットやマウスは、そうでない動物よりも記憶力テストの結果いいというデータがでている。それでも、ほとんどの研究者は、くつ箱サイズの標準的なケージに一匹で飼養されているそれほど鋭敏でない仲間も「正常」であると考えてきた。しかし、ガーナーが発表した論文によれば、狭く、何もないケージで飼養されている動物の脳は異常をきたしている可能性があるのだ。
ケージで飼養されている動物は常同症(常同行動)と呼ばれる反復行動をとるようになることが多い。行ったり来たりを繰り返したり、絶え間なく毛づくろいをしたり、ケージのバーを何時間もかじり続けたりする。
人間における常同症は、大脳基底核という脳の一部に損傷があることを示すと考えられているが、ケージ飼養されている動物が常同症を示す場合、異常環境が引き起こす、単に度を越しているだけの通常行動だと思われていた。
しかしガーナー達が行ったオウムによる実験では、常同症は恒久的な脳の機能障害の存在を示している。人間用の大脳基底核診断用心理テストを使って調べてみると、常同症をほとんど、あるいはまったく示さないオウムはテストの結果がよく、常同症の兆候、たとえば繰返し、延々と羽むしりを行うようなオウムはテストに合格しなかった。ガーナーはこの結果が脳の損傷に起因する常同症と関連があり、おそらく種を問わず適用できるだろうと見ている。すでに同様の実験をハタネズミで行っており、マウスでの実験も始めるという。
ラットやマウスがケージで飼養されたために常同症を示すということは、1996年にスイス連邦科学技術研究所の動物行動学者ハンノ・ヴョーベルが夜行性動物であるマウスが夜間、暗闇の中で何をしているのかを赤外線カメラで捕らえるまで明らかになっていなかった。明かりの消えた室内でほとんどのマウスはケージのバーをかじる、ケージを引っ掻くといった行動を何時間も続けていた。しかし、マウスを研究に使う人間のほとんどはマウスのこのような行動を認識していない。彼らがマウスに接するのは室内に明かりがついているときだけだからだ。
脳損傷がケージで飼養される動物の間で広く確認されたとしても、それが実験データにどのような影響を与えるのか定かでない。多くの実験においてはほとんど無関係かもしれない。しかし、オックスフォード大学の動物学者ジョージア・メイソンは、常同症の影響がすべての研究施設で同じように表れれば問題はないだろうが、この研究で常同症がそれぞれかなり異なることが明らかになっているという。そして、ガーナーは、皮肉なことに実験データを統一化するために実験動物を狭い、何もない環境で飼養してきたのに、その環境がデータに変動性を与える原因になっているという。
英ノーサンブリア大学の行動心理学者二ック・ニーブは「環境エンリッチメントによって実験動物の脳の発達が促進されるのは当然のことだと思う。研究施設において、動物に充分な刺激を与えると、何の刺激もなく飼養されている動物とは違う行動を示すようになることは何年も前から分かっている。これは倫理的だでなく科学的に非常に重大な問題を提起していると思う。科学者が、これはこれこれこういうことだ、といった場合、必ずしもそのとおりではない可能性があるということだ」と述べている。
実験動物、特にマウスとラットは科学研究の要であり、これらの動物を使った研究は最近発表されたものだけでも何千もある。以下、そのなかから3つほど紹介する。
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ジャンクフードが脳に与える影響を調べるため、カナダの研究者チームは若いラットのグループに高脂肪の食事を、別のグループには低脂肪の食事を12週間与え続けた。そののち、それぞれのグループに記憶テストをさせたところ高脂肪の食事、つまりジャンクフードを与えられたグループのほうが忘れっぽいという結果がでた。
結論:ジャンクフードは記憶力を低下させる。
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アメリカの科学者チームはラットが食物を得るために環状走路を走っている最中、そして睡眠中の脳の活動について調べ、ラットが睡眠中の間も走っている時と同じ脳細胞が活動していることを発見した。
結論:ラットは夢をみる。
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米ニュージャージー州のドゥーギーというマウスは、遺伝子をひとつ人工的に加えられ、トランジェニック・マウスでない他の仲間よりも迷路を通り抜ける道順を著しく早く学習することを示した。
結論:いつの日か、人間の遺伝子をいじり回して、人々をもっと利口にすることができるかもしれない。