スイスの製薬会社ノバルティス社の子会社で、イギリス、ケンブリッジに本社を置くイミュトラン社は遺伝子操作されたブタの心臓や腎臓をサルに移植するプロジェクトを進めてきた。このプロジェクトにはこれまでに何千ものブタ、サル、ヒヒが使用されており、動物実験はハンティントン・ライフ・サイエンス社の実験施設で行われていた。
イミュトラン社は異種間臓器移植研究の最先端をいく存在で、この5年間、臨床試験を阻む拒否反応の問題は間もなく解決されると言い続けてきた。しかし、デイリーエクスプレス紙が入手したリーク情報によって、これまで公表されていた研究データは「ふるいにかけられて」いたことがわかった。
表向きは実用化まであと一歩、としながら、内部ではアメリカの食品医薬品局が定めた人への移植実験を許可する安全基準に達するには程遠いことを認識していたようだ。
同社は実験動物が苦しんでいないと主張してきたが、実験技術者の記録はその言葉を裏切っている。実験動物は「物音ひとつ立てず、うずくまり、身震いしており」、また嘔吐、下痢、傷口の腫脹、そこからの出血や膿汁の滲出などの症状も記されている。
さらに、同プロジェクト一番の成功例である、ブタの心臓移植後39日間生存したヒヒは手術後終始健康であったということだったが、記録によると移植された心臓は通常の3倍の大きさに肥大していた。このヒヒは死亡する前日まで「元気に動き回っていた」と報告されていたが、実は最後の10日間は元気もなく、結局、殺処分しなければならなかった。他にも多数の動物が何日、あるいは何週間も無意味に苦しみ、死んでいったことが今回リークされた資料を読むとわかる。
内務省は人類への貢献の可能性を考慮し、この研究のためにイミュトラン社に特別許可を出しており、同社は実験動物の苦痛を最低限に押える責任があった。しかし、記録によると、手術台の上、あるいは術後数日で死亡した動物の4分の1以上が「手術処置の技術的ミス」で死んでいる。中には、死亡原因の62パーセントがこの「ミス」に起因する研究、また、22匹のサルのうち、術後数日で13匹が死亡した研究もあるのだが、こういったことはすべて公表されていなかった。
間違って同じ個体を再度使ってしまったり、薬品の容器にラベルも付けず、ふたも閉めずに放置したり、担当の科学者が術後の動物の状態を正確に診断できなかった例は数え切れないほどある。「ミス」のおかげで死はより苦しいものになった。手術時に体内に取り残された綿棒のせいで脾臓が腐敗し殺処分されたサルや、手術台に横たわり、ブタの肝臓を移植されようとしたところで、その肝臓が誤って冷凍されていることがわかり、そのまま殺処分されたサルもいる。また、別のサルは規定量の4倍もの薬を与えられ、身震いなどの症状を示し、翌日には殺処分された。
イミュトラン社は「我が社は動物の福祉を重視していることを強調したい。また、この動物実験は内務省の厳重な監視下に置かれている」という声明を出した。
一方、政府の動物処置委員会(動物実験免許取得のために申請された実験内容について政府に助言する機関)の委員は、これらの書類は宣伝されたイメージと異種間臓器移植研究の実体の差を如実に表している、自分達ですらすべての事実を知らされていなかったようだ、とショックを受けている。
過去5年間、イミュトラン社に実験を委託されてきたハンティントン・ライフ・サイエンス社は、サルを使った移植手術を400以上行なってきた。この実験の目的は人の体内に存在する自然抗体と補体が、異種動物の細胞表面抗体に対して起こす超急性拒絶反応を回避する方法を探すことだ。同社はさまざまな薬を使って、臓器移植された動物を存命させる方法を研究している。これが成功すれば、イミュトラン社の親会社であるノバルティス社が製造する免疫抑制剤に巨大な市場を提供することになる。
これまでの同社の報告によれば、ある実験では9匹のヒヒの動脈にブタの心臓を縫い付けたが、どのヒヒも超急性拒絶反応を示さなかったとされている。しかし、実際にはこの実験に使用されたヒヒは全部で22匹いた。同社はこのうち存命期間の長かった9匹を選んで報告しているが、報告からはずされたヒヒのうち2匹は超急性拒絶反応で死亡している。
ハンティントンで行われた2つの主な研究におけるヒヒの平均存命期間は心臓移植後わずか7日間であり、また、存命期間延長のため薬漬けにされるので、腎臓移植など手術自体の成功率は上がってきたものの、投薬による内出血や発ガンという新たな問題も起こっていた。
この件に関して内務省は動物処置委員会の委員全員にデイリー・エクスプレス紙の記事を回覧し、今後の対策を検討するという。また、ヨーロッパ最大の動物実験施設、ハンティントンで臓器移植手術を行なう科学者の中には、付近の病院で外科手術を行なう医師もおり、昨年2月に農漁食糧省は実験施設のサルからこれらの医師が媒介になって、病気などで免疫力が衰えている患者にBウィルスなどが感染する可能性もあると、イミュトラン社に宛てて警告書を送っている。
デイリー・エクスプレス紙がリークされた内容を掲載した1週間後、イミュトラン社はイギリスでの研究をすべて中止し、研究の本拠地をアメリカに移すと発表した。
実験にはこれまでに何千頭ものブタ、424匹のカニクイザル、49匹の野生から捕獲されたヒヒが使われているが、情報をデイリー・エクスプレス紙に提供した動物保護団体Uncaged
Campaignsは、イミュトラン社が事実をリークされてイギリスでの研究をすぐに取りやめられること自体、この研究が必要不可欠ではないということを証明しているようなものだと述べ、そもそもこのような実験にどうして許可がおりたのか政府が早急に調査を行なうよう要請している。