AVA-net 海外 ニュース No.142 2010-5-6 翻訳:宮路正子
ヒューレル・コーポレーションの研究者は、化粧品メーカーのロレアル社と、チップのマイクロ流体機能部分を共同開発し、皮膚アレルギーの動物実験を代替するチップの完成に向けて重大な局面を迎えた。チップを商品化に向けて完成させるのはまだこれからだが、これはアレルギー試験の動物実験を廃止するための大きな前進だという。
ヒューレルの最高経営責任者ロバート・フリードマンは、動物実験を行わない大きな利点は経費削減だという。実験に動物を使用すると、小動物でも1匹当たり1,000ドル(約90万円)になることもあり、開発中のチップは、最終的に、動物実験よりかなり経済的になるはずだという。また、特に動物実験廃止への政治的圧力が高まっているヨーロッパでは、2013年に化粧品の動物実験は全面的に廃止される。
「経済的利点以外にも強い倫理的要求、動物実験はとにかくやってはいけないものだという意見もあります。この装置を使用すれば、1回につき25匹の動物の命を救うことになります。人間は月へ行けるほど頭がいいのですから、他の動物を傷つけることなく化学物質を試験できるはずです」、とフリードマンは述べた。
このチップは、局所リンパ節試験(LLNA)という、化粧品に使われる新しい科学物資に対してよく行われる試験の代替となるものだ。現在、LLNAは主にメスのマウスを使って行われているが、従来通り、モルモットを使っている実験施設もある。
“責任ある医療を目指す医師委員会” (PCRM)の毒物学・研究担当主任のチャド・サンダスキーは、皮膚アレルギー試験に使用される動物の数を正確に把握するのはむずかしいという。アメリカの動物福祉法には齧歯動物は含まれていないため、その使用についての資料を政府に提出する必要がないからだ。しかし、皮膚アレルギー試験はごく一般的に行われる実験で、毎年、少なくとも1万匹の動物が使用されるとみている。
生きた動物が皮膚アレルギーになると、皮膚の樹枝状細胞がリンパ液を経由してリンパ節に移動し、T細胞を刺激してアレルギー反応を引き起こす。実験者は皮膚刺激などの表面に表れるアレルギー反応を調べる。
ヒューレルの試験では、動物をまったく使用せず、化学物質に対する反応で皮膚とリンパ系の間に起こる相互作用を擬態する。チップの構築には、細胞を培養して人工のリンパ節という、ヒトの免疫系反応を刺激する可能性のある組織を作るのだが、これは、培養されたヒト細胞から作られた人工皮膚構築物と大きな差はない。人工リンパ節は、特別に維持されている化学勾配を用いた管でできているマイクロ流体システムを通して皮膚につなげられる。
チップによる試験では、調べたい化学物質を人工皮膚に付着させる。これでアレルギー反応が起これば、樹状細胞が化学勾配に反応して人工リンパ節へ移動し、T細胞を刺激する。
ヒューレルの主席科学顧問、メイシュ・ヤーマッシュは、まだ試験データの分析方法が決まっていないし、T細胞の反応をモニターする必要があるが、そのためには、T細胞の増殖か分泌分子、あるいはその両方をモニターしなければならないという。
アレルギー反応の測定をどう行うかを決めるのは、チームが抱える多くの難問のひとつにすぎない。マイクロ流体シグナル部分は開発済みだが、すべての部分を開発して、いっしょに機能させなければならない。
それにもかかわらず、フリードマンは、“完成品として機能する”実用レベルの試作品は2011年後半までにはできると予測する。動物に代わる実用的試験器材を必要とする化粧品会社のニーズに間に合うように、これを2013年までに商品化するのが目標だ。
PCRMのサンドスキーは、これが完成すれば、動物実験より科学的に優れた点がひとつ確実にあるという。それは動物実験の結果からヒトの場合を推定するという問題を取り除くことだ。サンドスキーは、ヒューレルのアプローチに非常に関心を持っており、これがうまくいくことを望んでいる。
*注:マイクロフルイディクス - ナノテクノロジーと一体化した微少溶液操作法。マイクロ流体工学ともいう。半導体微細加工技術によって作製した微小な管や溝を利用したり,電気浸透流(ガラス管に接した水溶液が高電圧下で示す移動)やインクジェット技術を利用して,ナノリットルレベルの微少溶液を効率よく移動・混合・停止させるなどの溶液操作技術。マイクロフルイディクス技術を用いることによって数cm角の基板上に生化学分析システムを集積化することが可能になる。
2010年1月20日
(c) 2010 Technology Review. By Massachusetts Institute
of Technology
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