AVA-net 海外 ニュース No.137 2009-7-8
報告:宮路正子
<動物実験指令とは>
実験その他の科学目的に使用される動物の保護に関する指令(Directive 86/609/EEC)、いわゆる動物実験指令は、実験動物の使用に関する管理基準の改善をはかり、住居やケア、動物取扱者や実験監督者の訓練に関する最低基準を定めるものとして1986年11月24日、発効しました。動物実験は、新しい化学物質や薬品の開発、生理学研究、環境アセスメント研究、新しい食品添加物の検査などの種類に関わらず、この指令に則って行わなければなりません(動物実験指令3条参照)。この指令は、また、科学的に適切と認められる代替法が存在する場合には、動物実験に代わり、代替法を使用しなければならないと定め(7条)、代替法の開発と有効性評価を促進することによって、実験に使用される動物の数の軽減を目指しています。これにより、欧州委員会は1991年に欧州動物実験代替法評価センター(European
Centre for the Validation of Alternative Methods: ECVAM)を設立しました。
動物実験指令は、国際条約の表現を取り入れているので、解釈によって意味が変わる条項も多く、法規というよりは政治的意味合いの強い条項も含まれています。また、実験の倫理的評価方法や強制認可(認可の義務化)も盛り込まれていません。そして、動物実験以外の方法への置き換え(replacement)、使用する動物数の削減(reduction)、実験方法の改善による動物の苦痛の削減(refinement)、という3Rの概念についても明確に言及していません。このような理由から、実験動物の福祉を向上し、代替法の開発をこれまで以上に促進するために、指令の改正が必要なのは明らかであると考えられていました。
<動物実験指令改正のためのこれまでの動き>
2002年、環境総局は、指令改正への準備として、実験に使用される人間以外の霊長類の福祉に関して欧州食品安全機関(European
Food Safety Authority: EFSA)、動物の健康と福祉 (Animal Health and
Animal Welfare: AHAW) 審議会の科学委員会(Scientific Committee for
Animal Health And Welfare: SCAHAW)に意見を求め、SCAHAW は2002年12月17日、これをまとめました。
同じ時期、欧州議会も独自にレポートを作成していましたが、これは、委員会に動物実験指令改正案を提出することを求めるもので、2002年11月13日に採択されました。
2003年、環境総局は、指令改正に向けた科学的・技術的基礎情報収集のために、技術専門家作業部会(Technical
Expert Working Group: TEWG)を組織。加盟国、加盟決定国(現在は加盟国)、産業界、学界、動物福祉団体からTEWGに参加した専門家が提出した見解は、指令改正のための重要な資料となりました。
2004年、AHAW審議会は、改正に関する4つの追加質問ー指令の規制範囲に胎児・胚型と何種類かの無脊椎動物を含むべきかどうか、どの動物種を実験動物用に繁殖するべきか、安楽死の人道的方法を特定することーについて科学的見解を提出することを求められ、これは2005年11月14日に採択されました。
2006年6月16日から8月18日には、欧州委員会によるパブリックコメントの募集も行われ、一般市民や専門家に、政治的性質のものも含め、意見や論点を提出する機会が提供されました。
その後、2006年から2007年にかけて、インパクト・アセスメント行われましたが、この目的は、政策選択肢とその影響を分析し、批判的評価を行い、結論を検証し、これに関するメリットとコストについて正当性があり、(可能な場合は)計量できる指標を提供することで、加盟国や利害関係者の意見、とりわけEUにおける産業競争力と研究への影響に関しては特に配慮がなされる一方で、行政的対応のコストと社会経済的影響、科学の改善と動物福祉、動物の生命と個々の動物の苦しみについても配慮されています。
そして、2008年11月5日、欧州委員会は、動物実験指令改正案を提出し、今年、5月5日、修正が加えられた法案が、賛成540、反対66、棄権34で、欧州議会第一読会で採択されました。
<改正案の内容>
改正案には、現行法強化のために策定された多くの規則が盛り込まれており、加盟国は、動物を使用するプロジェクトについて国レベルで倫理的評価を行い、許可することが義務付けられます。
委員会案には、大型類人猿(チンパンジー、ボノボ、ゴリラ、オランウータン)の動物実験使用の禁止が盛り込まれており、これは議会でも承認されましたが、大型類人猿の種自体の保全目的などの場合には実験の使用を許可することができます。
委員会は、また、毎年1万2000頭ほど使用されている霊長類の実験を、その種の保全に関わる場合、あるいは人間の生死に関わる疾病が突然、発生した場合のみに限定し、削減するよう提案しましたが、議会は、ガン、多発性硬化症、アルツハイマーなどの深刻な疾病についての研究の重大な妨げになり、ヨーロッパの研究に不利益をもたらし、それほど動物福祉に厳しくないアメリカやアジアの競争相手に有利な状況を作り出してしまうとして、規制のより緩やかな、医学研究の推進を可能にするような内容に修正し、その一方で、動物実験代替法の促進のための法整備も提案しています。また、薬品の承認に関するヨーロッパや国際的なガイドラインには、霊長類での実験を義務付けているものもあることを指摘し、医学研究における霊長類の使用は継続されるべきだとしましたが、同時に、指令改正後、委員会は科学実験における霊長類の使用を2年ごとに評価すべきだとしました。
また、野性霊長類の実験使用目的での捕獲禁止の提案については、飼養下での繁殖個体を使用し、野生動物の捕獲を禁止する最終目標については支持しましたが、近い将来、そのような繁殖コロニーを設立できる可能性については提案とは異なる見解を示し、EUにおける研究のために繁殖個体を十分に供給できるかどうかの委員会による実行可能性調査を求め、また、野生個体捕獲禁止までの移行期間を7年とする委員会の見解に対し、10年が必要だと見ています。
改正案は、特定の無脊椎動物種、幼生形や胚または胎児、そして、基礎研究、教育、訓練に使用される動物を含むように規制範囲を拡大しましたが、魚や両生類の種類によっては何千個もの卵を数え、記録することになるとして、議会は、哺乳類以外の幼生形や胚または胎児を含めることには反対しました。
今回の改正案は、加盟国に、繁殖、住居とケア、実験方法などの改善を確実にすることを求めていますが、これらの規定は3Rに基づいています。動物福祉の遵守は、現在、EUのさまざまな条約に盛り込まれており、すべての政策領域において、これを考慮に入れなければなりません。
また、指令の規定を明確にするために実験中の動物の痛みの定義を「軽度、またはそれ以下」「中度」「重度」の3つに分け、苦痛を繰り返し与えることを避けるために、委員会は「軽度、またはそれ以下」の苦痛をもたらす実験のみ、同じ動物を再使用できるとしましたが、議会は、基準を厳しくし過ぎると、より多くの動物が実験に使用されることになり、指令改正の目的にそぐわないとし、「中度」の苦痛をもたらす実験までは動物を再使用できるよう修正を求めましたが、これには血液検査や麻酔を使った移植手術も含まれます。
欧州議会は、他に次のような修正を改正案に加えています:
@動物福祉にとってはほとんど利点のないお役所的手続きを防ぐため、動物実験のための事前承認を必要とするのは、動物が受ける痛みが「中度」か「強度」のもの、あるいは霊長類実験に限るべきであること、
A現行法では、ECVAMの役割が不明瞭なので、これを明確にし、動物実験代替法の開発と使用における協力と開発に関して実質的な役割を与えるべきであること、
B指令は、加盟国が科学的目的に使用される動物の幸福と保護を改善するために、より厳しい国レベルの法律を適用、あるいは採択することを妨げるものではないことを確認すること、
今回の指令改正案については、実験研究者や関係産業界から化粧品の動物実験禁止よりはるかに強い圧力がかけられ、改正案作成に携わったある政治家は、その過度な圧力を非難し、2月にその職を辞任しています。そのような状況での議会による委員会提案の修正に対しては、動物保護団体側から、圧力に屈したという非難も多く出ています。
<これからのプロセス>
動物実験指令改正案は、共同決定手順で採択されることになっており、欧州議会での第一読会後、欧州理事会での第一読会に移りますが、6月には議会の選挙があり、その前に第一読会での見解について委員会や理事会と調整を行うことはむずかしく、選挙後、新しく選ばれた議員が現在の議会の見解を確認、あるいは修正し、加盟国代表などと協議し、第二読会、第三読会と進めていくことになります。
<参考サイト>
欧州連合実験動物サイト http://ec.europa.eu/environment/chemicals/lab_animals/home_en.htm
実験その他の科学目的に使用される動物の保護に関する指令(Directive 86/609/EEC)
http://eur-lex.europa.eu/LexUriServ/LexUriServ.do?uri=CELEX:31986L0609:EN:NOT
欧州動物実験代替法評価センター(ECVAM)
ecvam.jrc.it/index.htm