AVA-net 海外 ニュース No.132 2008.9-10
翻訳:宮路正子
ニュースの伝えるところによると、市場に出回っている約8万の合成化学物質のうち、適切な安全検査が済んでいるのはわずか数千に過ぎない。
活動家団体によれば、他の物質の安全性を確かめるためのモルモットは人間なのだ。私たちみんなが、巨大な、制御されていない実験の一部で、その結果は悲惨なものかもしれない、だから、安全性が立証されるまで化学物質は使用されるべきではないというのだ。
立派な意見だと思うが、では、どのようにして安全性を立証するのか。化学物質の安全性試験は非常に複雑で時間がかかり、信頼性がない場合も多い。また、化学物質を個別に検査するのはあまり実際的ではないかもしれない。例えば、マウスの子宮にビスフェノールAを投与すると、糖尿病、肥満、ガンのリスクが高くなる。ビスフェノールAは、最近かなりの騒動を引き起こしているプラスチックの原料である。しかし、妊娠中の母親に葉酸、あるいは醤油に含まれるゲニステインを与えると、ビスフェノールAの影響を中和することが分かっている。
この種類の情報は私たちにとって何を意味するのか。それは何とも言い難い。毒性試験は、もちろん、人間で行なうことはできないので、動物実験の結果を精査し、人間への影響に関して経験に基づいた推測をする方法しか残されていない。
なぜ推測なのか。それは、人間が巨大なラットでも、犬でも、チンパンジーでもないからだ。動物には安全であるように見えて、人間には毒性があると判明した物質、あるいはその逆の事例はいくつもある。最近のことだが、イギリスで、身体の免疫反応を抑制して関節リウマチ、白血病、多発性硬化症などの疾病を治療するために開発された新薬の治験ボランティアとなった6人の男性は、その結果、病院に担ぎ込まれ、中には一生直らない臓器障害を負った患者もいた。しかし、マウス、ラット、ウサギ、サルには何の副作用の症状もなかった。
運良くプラシーボ(偽薬)を与えられたボランティアのひとりが語ったように、ボランティアの男性たちはドミノ倒しのように倒れていった。暑いと訴えながらシャツを引き剥がしはじめ、頭が爆発しそうだと叫ぶ者もいた。それから、気を失い始め、嘔吐し、ベッドの周りでのたうち始めたのだった。
また、動物では副作用を起こすが人間には副作用のない物質もある。食品原料の試験に犬を使用していたら、私たちはチョコレートを食べることはできなかっただろう。このごちそうは、犬には猛毒で、板チョコ4分の1、25グラム食べると、犬は数時間で死んでしまう。
原因はチョコレートに含まれるメチルキサンチン類のテオブロミン、テオフィリン、カフェインだ。人体中では、多少の反応は起こるもののすぐに肝臓中の酵素によって代謝される。しかし、犬はこの酵素を作り出すことができず、メチルキサンチン類を分解するのにはるかに長い時間がかかるため、これらの化合物が血管を循環するに従って、心臓、中枢神経系、腎臓に影響を及ぼす。また、甘味を加えられていない調理用チョコレートはこれらの化合物を最も高い濃縮度で含み、ミルクチョコレートの10倍にもなる。
バイアグラも興味深い点を提起する。ビーグル犬で実験を行ったとき、犬の身体に硬直を引き起こしたが、場所は意図された箇所ではなく首だった。研究者はこれを「ビーグル犬疼痛シンドローム」として言及している。また、バイアグラでマウスは便秘になり、ラットは肝臓が肥大することも分かった。
これらの問題は、人間の治験を見送るほど深刻ではないと判断され、実際、これらの副作用はバイアグラを飲んだ男性には見られないことが判明した。このようなケースは珍しいものではない。様々な製薬会社が薬品としての潜在性があると開発したが、人間でいくつかの有害な影響が認められたため市場化されなかった150の化合物を調査したところ、齧歯動物ではこれらの化合物のうち43パーセントだけが、他の動物では63パーセントだけが同様の影響があったことが明らかになった。
科学文献も、また、実験動物では有望な研究結果が、人間の効果的な治療に置き換えられなかった事例で溢れている。例えば、トラミプロセート(アルツヘメド)は、マウスにおいて、アルツハイマー病の特徴である脳のアミロイド蛋白の蓄積を抑えるのに非常に効果的だったが、人間の臨床試験は失敗だった。スタチンズも同様で、マウスでは有望だったがアルツハイマー患者の治療には効果がないことが判明した。
近い関係にある動物種同士でさえ、化学物質への反応は必ずしも同じというわけではない。ダイオキシンを例に取れば、これらは一般的に今まで作られた物質の中で最も毒性の高いものだといわれている。そして、それはおそらく事実だろう。もし、あなたがモルモットであれば。
しかし、ハムスターにとっての致死量はモルモットにとってのそれより1、000倍も多く、人間の場合はどうなのか私たちは知らない。ウクライナ大統領、ヴィクトル・ユシチェンコは、食物に仕込まれた多量のダイオキシンによって毒殺されかけた。動物実験に基づくデータによれば、彼は死んでいるはずだったが、彼に表れた急性症状は、肝臓と膵臓の炎症、そして顔面神経麻痺と突発性のヘルペス感染だった。これらの症状はすぐに治まったが、ダイオキシン中毒の特性である塩素座瘡(クロロアクネ)で外見が損なわれた。
また、動物実験データに基づけば、彼は軟部組織肉腫というガンの一種にかかる危険がある。科学者にとっては、彼の今後を見守るのは興味深いに違いない。
実験のためにより良いモデルが必要なのは明らかだ。そして、最終的には、実験室でヒト細胞を使って化学物質をテストするのが一番だろう。もちろん、細胞は有機体の全体像の代わりにはならないので、まだいくつもの問題があるが、それでも、楽観的な見解もある。
ひとつの皿の上の何千もの小さいくぼみに肝臓や皮膚の細胞を置いて検査する技術なども開発中で、異なる量の化学物質を次から次へと投与し、細胞への影響を調べることができるようになる。研究者は、動物実験のデータと臨床試験のデータを関連付ける作業を行なっており、数年のうちに、私たちが日々、曝露されている何千もの化学物質をさらに信頼できる方法でテストできる可能性もある。次の実験動物は、分離され、実験室の皿の上に置かれた肝臓細胞なのかもしれない。
2008年6月14日
The Gazette (Montreal)
http://www.canada.com/montrealgazette/news/sports/story.html?id=0787f76e-af3e-488a-8700-c97c661f3263