AVA-net 海外 ニュース No.132 2008.9-10
翻訳:宮路正子
スイスの下級裁判所が、脳が変化にどう順応するかを研究するための2つの霊長類実験を禁止する判決を下した。チューリッヒ最大の2つの研究所は、これを受けて、国の最高裁に控訴している。研究所側は、この禁止はスイスにおける動物を使用するすべての基礎研究への重大な脅威であるという。
チューリッヒ大学とテクノロジー・チューリッヒ連邦研究所(ETHZ) は、6月4日、地元行政裁判所がアカゲザルの実験を禁止する判決を下したと発表した。この実験は2006年、資金提供機関であるスイス国立科学基金と動物福祉の管理を担当するチューリッヒ州獣医局が承認したものだ。
しかし、この実験は動物の尊厳を損なうとして、動物実験に関する外部の諮問委員会が、獣医局の決定に異議をとなえた。スイスでは2004年、憲法に「生き物の尊厳」を考慮しなければならないとする条項が加えられている。
裁判所は、尊厳については触れなかったが、助成金が承認された3年という期間中に、社会が実験の成果の恩恵を受ける可能性は低く、よって動物が被る苦痛は正当化されないことを認めた。スイスの法律では、どんな動物実験も、実施前に実験によって社会の受ける恩恵と動物が被る苦痛とを比較検討しなければならない。
「しかし、法廷は法律に新しい解釈を加え、すぐに分かる恩恵を求めていますが、それはいかなる形の基礎研究とも適合しないものです。それは法律が求める枠を超えるものであり、最高裁での決定を求めて争わざるを得ません」と、ETHZの研究担当副所長ピーター・チェンは言う。
実験は2つの研究所が共同所有するニューロインフォマティクス研究所で行われることになっていた。実験の1つは、知覚学習中の、大脳皮質における変化をモニターするもので、新しい課題を正しく習得すると褒美としてリンゴジュースが与えられる。その褒美の価値を高めるために、最長で12時間サルにりんごジュースを与えずにおく。もうひとつの実験は大脳皮質のマイクロ電子回路を理解するために設計されたもので、顕微鏡を使ってマイクロ電子回路を追跡するために動物は殺処分されなければならない。
科学者が霊長類を実験に使うのは、霊長類の脳が他のどの種のものより人間の脳に近いからだ。パーキンソン病などの脳疾病を治療できるようにするためには人間の脳の基礎生物学的知識が必要だと研究者のひとりケヴァン・マルチンはいい、倫理的な承認を得るためにこの研究の価値をより明確にして再申請を行なうつもりだという。
イギリス、ロンドン大学の神経科学者ロジャー・レモンは、神経障害のための新療法を開発しようとするなら、脳の回路が健常状態と病態でどのように働くかを知ることは不可欠であり、マルチンや彼の同僚が行なっているような研究が、今、応用分野において解明されつつある事実の背景にあるのだという。
2008年6月11日
Nature
http://www.nature.com/news/2008/080611/full/453833a.html