【イギリス】
動物実験の3R(数の削減、苦痛の軽減、置き換え)は放棄されるべきか
AVA-net 海外 ニュース No.120 2006.9-10
翻訳:宮路正子
英バーミンガム大学心理学部の上級講師スチュアート・ダービシャー博士は論客である。論客とは「他の人々と意見を異にすることを好み、論争の対象について人々が怒ったり、考えたりするようなことを言う人間」だという。確かにダービシャーはこの数週間に何度か人々を怒らせるような発言をしているが、怒らせるだけでなく考えさせてもほしいものだ。
最近、英医学ジャーナル(BMJ)に掲載された「議論:胎児は痛みを感じるか」と題された彼の論文は、イギリスでかなりの議論を巻き起こした。ダービシャーがこの論文を書いたのは、米連邦政府が、医師に、「在胎期間22週以上の胎児は堕胎の過程で痛みを感じるという実質的証拠がある」ということを中絶を希望する女性に知らせることを義務付けようとしていることがきっかけだった。ダービシャー博士は、胎児が痛みを感じることができるとは考えていない。
私は痛みについての専門家ではないが、「胎児が痛みを感じないことは、堕胎が倫理的に認許される、あるいは合法化されるべきかという問題を解決するものではない」という彼の見解は正しいと思う。他にも中絶を許可する在胎期間を短くし、たとえば、22週以降は認めるべきではないとする強い意見もある。22週以降の胎児は、必要なサポートがあれば母体から独立して生命を維持することができる。人間としての本質的な尊厳は、私たちの痛みを感じる能力の程度に因るものではないという意見に、私も同意する。
それはそれとして、ダービシャーは、最近、「3Rの遵守は動物実験の将来を危険にさらすから、3Rはもう放棄すべきだ」と述べて大勢の怒りを買っている。彼は、動物実験は必要なものなのに、科学者はなぜ3Rを提唱して自らの行いの価値を下げることに固執するのか、と問う。ダービシャーは3Rにある程度の意義は認めているものの、3Rが関心を実験の価値から遠ざけ動物福祉の重要性に向けてしまい、動物実験は単に必要なものであるのに、必要悪であるという印象を与えてしまうという。また、動物実験を支持しながら、同時にそれについて弁解しようとしたり、その代替法を導入しようとするのは動物実験促進としてはまずい方法であり、3R支持を止めてはじめて動物実験の効果的な促進ができるというのだ。
彼の最近の発言が、3Rの促進のために尽力している人、あるいはもっと包括的に動物実験に賛成、または反対している人の怒りとまでいかなければ憂慮を引き起こしたことはまちがいない。Scientist誌4月号にははレイ・グリーク(医学進歩のためのアメリカ人の会)、A・ローワン(米国人道協会:HSUS)、C・クリステンセン(Spider Pharm:実験用昆虫などの供給会社)、R・カレン(In Vitro 科学研究所)、A・ゴールドバーグ(動物実験代替法センター)、B・ロビンソン(英国3Rセンター)、ペリー女性男爵(ナフィールド生命倫理委員会)のコメントが載っている。
レイ・グリークも3Rは放棄すべきという意見だ。ただし、グリークの場合は、そもそもが間違っている動物モデルの使用に信憑性を与えてしまうため、というのが理由だ。コメントを寄せた他の人たちはもっと実際的な方向での議論をおこなっている。すなわち、動物の利益と人間の利益の間には避けられない葛藤は存在せず、可能な限り最良の研究を行うことが重要である。これを達成するためには、生きた動物を使用する実験への依存が減少していくであろう現代的実験方法を取り入れることだ、というのだ。
これらの最近のでき事のおかげで、実験擁護協会(RDS)はかなり難しい立場に立たされた。RDSは現在、ダービシャーの3Rに対する見解が、実験研究者が動物福祉に関心を持たないことを示す証拠として動物実験反対団体に利用される危険性があるとして、ダービシャーから距離を置いているし、また、RDSが真摯に3Rを推進していく意志であることも再確認している。
2004年の英国3Rセンター設立の際、ダービシャーは、動物の権利の目指すところには何の共感も持っていないが、オックスフォード大学で動物実験施設が拡張するのと同時期に動物実験代替法を促進するセンターが建設されることに混乱するのは理解できる、といった。ダービシャーがこの点を指摘するのは正しい。
現在、英国3Rセンターをその傘下に置く医学実験評議会研究審議会(MRC)の最高責任者が未だにオックスフォード大学生理学部と関わりがあるというのも、それと同じくらいわけの分からない話だ。オックスフォード大学生理学部はMRC から提供されるかなりの資金で潤っており、新しい動物実験施設建設促進に深く関わっている。 スチュアート・ダービシャーの見解にもレイ・グリークの見解にも同意はしないが、それと同時に、3Rすべてについて同時に、同じ比率で未だに心を砕いているものが私たちの中にどれほどいるのだろうか。1986年の動物実験法が1987年初めに施行されて以来、特に実験動物の削減と置き換えにおいて進歩が滞っていることに失望しているのは、私だけではない。
苦痛の軽減は、3Rの中では一番劣っているものだとよくいわれるが、時とともに「流行」になってきているようだ。なぜなら、苦痛の軽減は実験研究の動物モデルへの依存を無期限に継続することの言い訳に使うこともできるからだ。
少なくとも私にとっては、苦痛の軽減は実験動物使用に特有の根本的なジレンマの解決にはならない。サルにテニスボールを与えて遊ばせたり、食物を隠して探させたりするのは、殺風景なケージに長期間監禁するよりはいいかもしれないが、それで十分だとは思えない。これは、苦痛の軽減は決して十分ではなく、つねに一層の削減と可能ならば置き換えを追求するべきだ、置き換えは常に納得できる回答だ、と述べているウィリアム・ラッセルとレックス・バーチの考え方にも沿うものだ。
最新のRDS会報によると、FRAME(医学動物実験代替法基金)の理事のひとり、マイケル・フェスティングが(また)、多くの発表された論文における不十分な実験計画と、統計学的考慮の欠落がどのように優良な科学と3Rの適切な適用を妨げるかを指摘した際、科学相セインズベリー卿は、「非常に感銘を受け、イギリスの科学者の統計学の能力を引き上げることを決意してミーティングを去った」という。これは良いニュースではあるが、削減の可能性と科学の進歩との関連性を認識するにのなぜこれほど長く時間がかかったのだろうか。内務省の大臣、職員、そして検査官たちは一体何をしていたのだろうか。
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私自身の結論は、苦痛の削減の追求は、マイケル・フェスティング、英国3Rセンター、そして科学相の有能な手に委ねて、FRAMEは3Rのうちの置き換えに専念することを再確認すべきだと思う。置き換えは3Rの中でも達成が最も難しいものだが、置き換えのみが新しく現代的なin vitroやin silico(コンピューター利用によるシミュレーション等に基づく実験)のアプローチによる可能性を開く。これらのアプローチは人間の健康保護と疾病の理解、予防、そして有効な治療に直接関連する情報を提供するものだ。
マイケル・ボールズ
ATLA Alternatives to Laboratory Animals Volume 34, No.2
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