【イギリス】
TGN1412の悲惨な治験について類人猿が教えてくれること
ザ・タイムス 2006年5月2日
AVA-net 海外 ニュース No.119 2006.7-8
翻訳:宮路正子
英ノーウィック・パーク病院での治験に使われたような新薬は、人間の免疫システムが予想のつかない反応を示すため、本質的に危険が伴うものだという。
カリフォルニア大学サンディエゴ校の科学者たちは、チンパンジーでは、免疫システムが過剰反応するのを防ぐように設計されたメカニズムが存在するが、このメカニズムは人間ではその存在が認識されていないという、人間とチンパンジーの免疫組織の間にある相違を発見し、これを米科学アカデミー会報誌(Proceedings of the National Academy of Sciences)に発表した。この研究で発見されたのは、人間以外の霊長類のT細胞−免疫システムの構成をサポートする−に発現する、シグレック(Sialic acid-binding immunoglobulin-like lectins −siglecs)と呼ばれる分子で、この分子は免疫システムの作用を制御する機能があるようだ。
この発見は、ノーウィック・パーク病院で6人のボランティアの多臓器不全を引き起こしたモノクロナール抗体TGN1412に対する拒絶反応が、より多い量を投与されたサルではなぜ起こらなかったかを解明してくれるかもしれない。また、どうして人間が、サルではほとんど発症しないAIDS、気管支ぜんそく、関節リウマチなどの1型糖尿病などの、T細胞が関わる免疫関連の病気にかかるのかについて明らかにしてくれる可能性もある。
抗ガン剤のHerceptinやAvastinなどのほとんどのモノクロナール抗体は、免疫システムの作用における特定の過程を妨げる働きをするが、なかにはTGN1412のような作動薬もある。 作動薬は、免疫反応をより大きくすることによって疾病に対抗する。後者のアプローチ、そして、そのように免疫を高める方法の潜在的な連鎖反応について憂慮を示していた科学者もいた。
イギリスの薬品監視委員の報告書によると、ノーウィック・パーク病院での治験における人為的ミス、薬品の汚染、プロトコール違反などの証拠は全く見つからなかった。また、政府による調査も開始された。
シグレックはシアル酸と結合して、チンパンジーにおけるT細胞活動を規制するようだという。シアル酸とは細胞の表面にある糖鎖のことで、通常、免疫システムにおいてT細胞の反応を促すT細胞受容体からの信号の強度を制限する。
類人猿における発見は人間にとっても重要である可能性がある。シグレックは刺激を受けた免疫細胞の活性化を遅らせることができるが、人間はその進化の過程で、このT細胞に作動する「ブレーキ」が効かなくなってしまったようで、T細胞の活動が過剰になることがある、とこの研究を指揮したカリフォルニア大学の医学・細胞分子医学の教授アジット・ヴァルキはいう。
また、ヴァルキ教授は、人間では、細胞の活性化にシグレックが作用して自然に抑制することがなく、霊長類の実験とノーウィック・パークでの治験との間に生じた衝撃的な差は、これが分かっていれば予測できたかもしれない。治験ボランティアは体内でT細胞が急速に活性化(過剰免疫反応)し、その結果サイトカイン・ストーム(炎症を引き起こすサイトカインが急激に発生し、多臓器不全に至る現象)という、免疫システムにおける潜在的に致命的な連鎖反応を体験した可能性がある、と加えた。
研究チームはチンパンジーの血液上で実験を行うためにドイツの製薬会社TeGenero社にTGN1412の提供を求めたが、断られた。
なぜ人類だけがその進化の過程においてシグレックを失ったのかは分かっていない。イギリスの専門家たちは、この研究は免疫作用に対する理解を深める助けになったが、TGN1412治験に直接結び付けるにはさらに多くの証拠が必要であるという。
ケンブリッジ抗体テクノロジー・グループ社の元主任医療担当官デヴィッド・グローバーは、この研究で明らかになったことは、サルと人間ではなぜ薬の効力が異なる可能性があるかを解明しているかもしれないが、TGN1412の件で早急に解決されないければいけないであろう多くの問題のひとつにすぎない、という。
The Times
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2-2160469.html
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