【アメリカ】
動物と人間のハイブリッド種、論争を引き起こす
ナショナル・ジオグラフィック・ニュース 2005年1月25日
AVA-net 海外 ニュース No.118 2006.5-6
翻訳:宮路正子
科学者は、キメラという、人間と動物の部分を合わせ持つハイブリッド種を作り出し、これにより人間と動物との境界線が曖昧になり始めている。
2003年、上海第二医科大学の中国人科学者は、ウサギの卵子とヒト細胞の融合に成功した。 伝えられるところによれば、胚は人間と動物とのキメラの最初の成功例だという。
研究者らは、胚を実験室の容器内で数日間発育させた後、破棄して幹細胞を採取した。
昨年、アメリカのミネソタでは、メイヨー・クリニックの研究者が体内に人の血液が流れるブタを作り出した。そして、カリフォルニアのスタンフォード大学では、今年、人間の脳を持つマウスを作り出す実験を行う予定だ。
科学者は、動物が人間に似ていればいるほど、治験、あるいは人間に移植するための肝臓などの「予備臓器」を製造するのに適していると思っている。また、ヒト細胞が他の生物内で成長し、相互に作用するのを観察することは、新しい医療の発見に通じる可能性もある。
しかし、人間と動物のキメラーキメラとは、ライオンの頭とヤギの身体、そして蛇の尻尾を持つ、ギリシャ神話に登場する怪物にちなんで名付けられたーの作成は、いくつかの厄介な疑問を生じた。例えば、どのような目的の為に、どのような人間未満の合成生物を新たに生産するのか。あるいは、どの時点でその生物は人間と見なされるのか。そして、その生物が権利を認められるとしたら、それはどのような権利か、というようなことだ。
現在、このような問題に対する米国連邦法は全く存在しない。
倫理に関するガイドライン
米国科学アカデミーは、米国政府に提言を行う機関だが、この問題についての検討を行っており、3月には、研究者のための倫理に関する任意のガイドラインを提示する予定だ。
キメラとは、ひとつの身体がふたつ以上の種を併せ持つ生物のことだが、これに関するすべてが問題であると考えられるわけではない。
例えば、問題のある人間の心臓弁をウシやブタのものと取り替えるのは一般的に行われており、この外科処置を受けた人間は、人間と動物とのキメラとなるわけだが、広く受け入れられているものだ。
また、科学者はもう長年に渡って、バクテリアや家畜に人間の遺伝子を加えている。
問題視されているのは、人間の幹細胞と動物の胚を合わせて、新しい種を作成することだ。
バイオテクノロジー活動家ジェレミー・リフキンは種の境界をに交差することに反対している。リフキンは、動物にはいじられたり、別の種と掛け合わされたりせずに存在する権利があると考えている。
リフキンは、これらの研究が医学的進歩につながる可能性を認めているが、それでも、行うべきではないという意見だ。
何も未知の奇妙なキメラの世界に飛び込んでいかなくても医学と保健を進歩させる方法は他にもある。例えば、精巧なコンピューターモデルが生きた動物での実験の代替になる、とリフキンはいう。
信仰心のある人、動物の権利を信奉する人でなくとも、このようなことは納得がいかないと思うだろう。こういうことをやりたがっているのは科学者であり、彼らは正常の域を越えてしまったのだ。
スタンフォード大学、スタンフォード生物医学倫理センターのデヴィッド・マグヌス所長は、真に憂慮すべきはキメラが、問題が多く、危険性をはらむ、あるいは実際に危険な用途に使われないかどうかということだと考えている。
マウスの両親から生まれる人間憂慮されるであろう実験とは、例えば、遺伝子組み換えされたマウスが人間の精液や卵子を生産し、それを体外受精させてマウスの両親を持つ子供を作り出すことだろう。
ほとんどの人が、このような実験は問題だと思うだろうが、こうした用途は特異であり、自分の知っている限りでは、誰もその可能性すら考慮していない。キメラの用途はそのほとんどがもっとはるかに実用的なことに関連している、とマグナスはいう。
昨年、カナダは生殖介助法を成立させ、キメラを禁止した。具体的には、ヒト以外の細胞をヒトの胚に移すこと、そしてヒトの細胞をヒト以外の胚に移すことを禁止している。
シンシア・コーエンは、カナダで研究プロトコルが新法に則ったものであるかどうかを監視する幹細胞監視委員会のメンバーだが、アメリカでも同様の禁止法が制定されるべきだと考えている。
人間と動物の配偶子(精液や卵子)を掛け合わせたり、生殖細胞を移植したりしてキメラを作り出すことは人間の尊厳を損なうことだとし、尊重され、保護されるべき人間特有の貴重な何かを否定することになる、コーエンはいう。彼女は、ワシントンDCにあるジョージタウン大学のケネディ倫理研究所の上級研究フェローでもある。
しかし、このような禁止法ではその表現を慎重に考える必要があることを指摘する。法律は倫理的かつ正当な実験ー例えば、限定した数の大人のヒト幹細胞を動物の胚に移植し、胎内でそれがどう増殖し、成長するかを学ぶーを禁止するべきではない。
一方、カリフォルニア、スタンフォード大学の癌・幹細胞生物学研究所のアーヴ・ワイスマンは、アメリカでの禁止法制定には反対している。
自らの倫理的信念をもってこのような生物医科学の妨害とするもの、議論に加わるだけでなく、自分達の意志を押し付けたがるもの、が禁止やモラトリアムという結果を招くとしたら、彼らは人命を救う研究を中止させていることになる、とワイスマンはいう。
人間の脳を持つマウス
ワイスマンはすでに人間の脳をおよそ1パーセント持つマウスを作成している。
今年中に、100パーセント人間の脳を持つマウスを作成する実験を行うかもしれない。 この実験では、人間の神経細胞をマウスの胎児の脳に注入する。そしてマウスを生まれる前に殺し、解剖して人間の脳の構造が形成されたかどうかを調べ、もし形成されていたら、人間の認識行動の形跡のあるなしを探す。
ワイスマンは、自分は動物の体を持つ人間を作ろうとしている気違い科学者ではないという。 彼は、実験で脳がどう機能するかの理解を深めることができ、アルツハイマーやパーキンソンのような病気を治療するのに役に立つことを望んでいる。
実験はまだ始まっていない。 ワイスマンは3月に発表予定のアカデミーのガイドラインを待っている。
フロリダのジャクソンビルにあるメイヨー.クリニックの出張所で神経学を専攻するウィリアム・チェシャー准教授は、人間と動物の神経細胞を結合させるのは問題ではないかと考えている。
これは生物学における未探検の領域で、このような実験の制限として、人間の神経の発達の程度を倫理的限界として選択する場合、その限界をどこに設定しようと、設定するまえにいずれかの実験がその限界を超えてしまう危険性がかなり高い。
チェシャーは細胞機能を研究するために人間と動物の細胞を結合する研究は支持しており、大学生時代に、ヒト細胞とマウス細胞を融合させる研究に参加したこともある。
彼が倫理的な一線を引くのは、細胞を採取するためにヒト胚を破壊する研究、または人間の部分と動物の部分を有する有機体を作成する研究だ。
人間は、人間性や動物の生命の保全を損なわないよう注意しなければならない。人間と動物のキメラを作成するような研究プロジェクトはデリケートな生態系を破壊する危険性を持ち、保健を危険にさらし、種の保全を損なう、とキリスト教医科歯科学協会の会員でもあるチェシャーはいう。
<ナショナル・ジオグラフィックニュース>
http://news.nationalgeographic.com/news/2005/01/0125_050125_chimeras.html
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