【イギリス】
人間モルモット
2005年12月17日 ザ・タイムス
AVA-net 海外 ニュース No.117 2006.3-4
翻訳:宮路正子
動物実験が必要なくなることはあるのか。その答えはテクノロジーにあると考える科学者もいる。動物実験をめぐっては激しい感情のやりとりがあり、これがしばしば人々の関心を集めるべき新しい開発の影を薄くする。しかし、詰まるところ、これらの開発が当の激しい感情のやりとりを必要性のないものにするかもしれないのだ。今週、放映された薬品の動物実験に関する興味深く、様々な議論を呼びそうなテレビシリーズには、動物の権利活動家と動物実験を行う生物学者との間に起こる争いをテーマにしたドラマドキュメンタリーも含まれていた。
また、実際にオックスフォード大学の動物実験施設建設予定地で動物の権利のためのデモ参加者と警察との衝突もあった。
しかし、このような激しい感情の渦中で、ひとつの事実がしばしば見落とされている。それは、研究者が人間やヒト組織を使い、製品を賢明かつ安全にテストする方法を開発しつつあるということだ。その動機にはもちろん倫理的理由もあるが、いくつかの会社が動物を使った前臨床試験(動物実験)を制限するという決定を下すのはそれだけが理由ではない。
Pharmageneというイギリスのハートフォードシャーを拠点とする創薬企業(注:Pharmageneは今年1月1日付けでアメリカのAsterand
社と合併。社名をAsterand, plc.と変更)も、そのような会社のひとつだ。この会社は10年前、動物モデルが人間への薬品の効果を予測しないこともあるのに不満を募らせた2人の研究科学者によって設立されたものだ。
Pharmageneは、大手製薬会社を顧客とし、新薬の有効性テストを、ヒト組織のサンプルだけを使用して行っている。
もちろん、これらはすべて、新薬研究の最も早期の段階に適用されるものだ。動物実験は、薬品が作用する過程で起こる基本的な生体の反応を科学者が理解し、毒性を測る手助けをする。
この段階で全く問題がなければ、研究は3段階ある人間を対象にした治験へと進められ、段階を追うごとにより多くの患者が関わってくる。実際には、人間での治験を行う前に薬品の毒性試験のために動物実験を行わなければならないと現行法で定められている。
しかし、革新的な代替法がその価値を証明すれば、もしかしたら、この法律も改正されるかもしれない。
Pharmageneが非動物実験を推進する動機は主に実用的なものだ。 社の科学主任ボブ・コールマンが指摘するように、2種類の異なる動物、たとえばマウスとモルモット、での実験ですら、全く異なる結果が出ることがある。
「同じ薬品の作用が2種類の動物において異なるという答えが出る可能性があるのなら、いずれかの答えから人間における作用を予測できるとどれくらい確信できるだろうか」
Pharmageneは、人体のあらゆる部分からの生体組織を使ったテストを導入することで実験に必要な動物の数を大幅に減少させたという。これらのサンプルは、外科処置で摘出されたものや、検体や臓器移植のドナーから、提供者自身あるいは親族の同意を得て入手したものだ。Pharmagene
によれば、これらの組織を使用すれば、薬品がどこでどのように作用するかを観察でき、また組織への毒性を調べることもできる。
例えば、化合物がどのようにして肝臓に代謝されるか、肝臓の炎症を引き起こすか、そして、どのくらいよく腸に吸収されるかを測定することができる。
実験結果が悪いようなら、テストは中断すればよく、動物はまったく使用されない。結果が有望なようなら、どのようなテストが必要か、動物を使う必要があるか、あるとしたらどの種類が適切か、といった情報もそこから引き出すことができる。どんなテストでもすべてのことが解明されるわけではないが、自分達の研究では、次から次へと違う種類の動物を使って薬品テストを行うという時間と動物の生命の浪費をしないですむ、コールマンはいう。
医学の発展のためのヨーロッパ人の会(Europeans for Medical Progress:
EMP)は、医学研究の近代化を図るために活動している団体だが、この団体のように動物実験に批判的な立場のものは、被験体を動物から人間に替えて実験を行ったほうが、より質の良い結果がもたらされる可能性があると主張する。
EMPのキャシー・アーチボルド代表は、動物と人間とでは現れる副作用の相関関係が「情けないほどわずかだ」という。
新製品や理論を動物ではなく人間でテストするのは、新しいアイデアではない。過去千年の間に多くの偉大な科学者が自分の考えを証明するために自身を研究材料に使用してきた。科学の進歩のために健康と安全を無視することもしばしばだった。そして、実験室で培養されたヒト組織やヒト細胞のサンプルが実験用器具の主要部分となってすでに久しいが、いくつか新しい試みもある。
そのひとつは、9月に英国薬学会議(British Pharmaceutical Conference)で報告されたもので、装置で生体をシミュレート(模倣)するものだ。これを開発したアメリカのHurel社は「合成動物チップ」と呼んでいる。マイクロフルイディクス流体工学(ナノテクノロジーと一体化した微少溶液操作法)がそれで、元々はコーネル大学で開発されたものだ。幅わずか22ミリメートルのマイクロチップは基盤上にいくつかの微小な仕切りが作成され、それぞれが人間や動物の体の異なった部分から採取した組織サンプルを含み、血液の代用となる液体が流れるマイクロチャンネルで連結されている。
私たちがしようとしているのは、人体内で起こっていることをミクロの大きさで模倣することだ、とカリフォルニア大学の生命薬学教授でHurelの科学諮問委員会の委員長を務めるレスリー・ベネはいう。
テストされる薬物は、代用血液に加えられ、装置内を循環する。 各仕切り内の細胞への作用はチップのセンサーで測定し、コンピューター解析のためにフィードバックすることができる。
ベネ教授は、このような技術が動物実験の必要性を実質的に減少させる可能性があると考えている。同様のバイオセンサーチップも開発中だが、こちらは新薬がヒトDNAサンプルに及ぼす作用を測定することができる。
科学者が、人間に置き換えた際の必要投与量をきちんと把握できていない場合、この種のテストのほうが齧歯動物に薬を投与するより適量を把握できるだろう。この方法はまだ有効性を評価している段階だが、抗ガン剤テガファールの早期研究では有望なようだ。
しかし、Hurel社のチップでは、実際に人間に投薬してみてどうなるか分かるほどの予測はまだできない。そこでマイクロドーズ試験の登場となる。
マイクロドーズ試験とは、実際に人体に作用する量の100分の1を人に投与する臨床試験のことだ。加速器質量分析法(AMS)という、驚くほど敏感な測定方法を用いると、人体内の薬のごくわずかな形跡も見つけることができるので、投与された薬がどのように代謝されたかを調べることができる。つまり、科学者はリスクなしに人体における新薬の代謝状況を観察することができるようになる可能性があるということだ。
早期試験の結果は有望だ。 Xceleronは、ヨーク大学が研究をさらに進めるために設立した会社だが、ここで最近、5つの薬品を用いてマイクロドーズ試験の有効性評価を行い、その結果を通常投与量による臨床試験と比較した。
これらの薬品はすべて、動物実験やin vitro(試験管などの人工的に構成された条件下における)実験では、人間における作用が予測できないことが判明していた分子だ、と研究責任者、元ヨーク大学分子疫学教授、現Xceleronのコリン・ガーナー教授は説明する。5つのうち4つの分子で、投与量を薬理学的濃度まで高めた際の作用の予測を「良好」に示していたし、3つの薬品については、予測率は100パーセントと評価された。
しかし、この方法に対する批判もある。「毒性の黄金率は、投与量によってはあらゆる物質が毒性を持つ、ということだ。これは水や塩についてと同様、とかく世間の注目を集める新薬にも当てはまる。毒性のある薬品のほとんどは低投与量では毒性を示さない。動物は人間における毒性を非常に正確に予測する。動物実験に代わる方法など考えられない」と、サイモン・フェスティングはいう。フェスティングは実験擁護協会(Research
Defense Society)という、動物実験に関する事実を促進するにあたり、研究者を支持するために設立された団体のスポークスマンだ。
ほとんどの製薬会社が、マイクロドーズ試験の導入に躊躇しているとすれば、それは、まだ製薬会社や立法者が、人間用の薬品をテストするには動物実験が最適の方法であると考えているからだ。
少なくとも(イギリスの)現行法では、実験に使用する動物の数を減らすことが最優先であることを強調している。
すでに多くの科学者が齧歯動物その他の哺乳動物から、魚やバクテリアといった進化系統でより下に位置する生物へと切り替えているが、これは、動物が苦しむ程度が少なくて済むと期待してのことだ。
人間用の薬品開発に動物がもう必要でなくなる時を想像できるだろうか。このさきしばらくは、動物は新薬の安全性確率に大きな役割を果たし続けるだろう、とコールマンはいう。ガーナーの予想はもっと明るいもので、最終的には、動物実験の必要性をなくすことができる可能性はある、という。この結論に飛びつく前に、今よりも充実した臨床試験データのデータベースを築き上げる必要があるとしながらも、それも5年から10年のうちには可能だろうと述べている。
The Times
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,589-1933786,00.html
|