【アメリカ】
大型類人猿の実験使用禁止への動き
AVA-net News No.104 (2004.1-2)
翻訳:宮路
シアトルでは、先週アメリカ実験動物学会(AALAS)の大会が行われ、地元マスコミは動物の権利活動家を、これを妨害するために暴力の行使をも辞さない過激な人間として報道しようと懸命だった。しかし、実際は何事も起こらなかっただけでなく、マスコミは、生物医学研究における動物の使用に関する研究者と活動家の間の終わりのない対立という構造に変化があったことを見逃していた。研究者と活動家との間の議論は絶対に変わりようのないものである。研究者は、動物実験が人間の健康を促進するための重大な試験台であると主張し、動物の権利擁護者は、そのような研究は人間を使用しては行われず、奴隷制度、あるいはそれよりひどいものだと叫ぶ。このような状況であれば、国立衛生研究所(NIH)の職員が、アメリカでチンパンジーの実験使用が禁止される日が来るかもしれないと発言すれば、双方が議論の声を止めるのは無理のないことだ。
何千もの動物実験研究者や技術者、そして彼らの研究費を提供する連邦機関や、最新のケージや麻酔装置を展示する業者が大会のために集まった。10月14日、生物医学研究におけるチンパンジーの使用に関する会議中、米国人道協会(HSUS)の霊長類専門家キャサリン・コンリーは、チンパンジーの実験使用禁止の将来的な可能性についてNIHの職員ジョン・ストランドバーグに質問した。NIHの国立研究資源センター(NCRR)、比較医学部門主任のストランドバーグは、実験に使用する動物の種類に関するNIHの方針を左右する権限を持つ。NCRRは、シアトルのワシントン大学にある施設を含めて全米に8ヶ所ある国立霊長類実験施設−そのうち2ヶ所ではチンパンジーを使用している−や他のチンパンジーを使用している施設数ヶ所に資金を提供している。
ストランドバーグは、いつ、とは明言するつもりはないが、将来、生物医学研究へのチンパンジーの使用が禁止になっても驚きはしない、と注意深く返答した。
言葉遣いにどれほど配慮しようと、ストランドバーグの発言は世界的な変化を表している。この後のインタビューで、ストランドバーグは、最近のEU諸国やニュージーランドにおけるチンパンジーの実験使用禁止に加え、この国のチンパンジーに同情的な一般感情やロバート・グリーンウッド下院議員(共和党、ペンシルバニア州選出)による議会への強力な圧力が、NIHを通常の絶対主義的立場、つまり、すべての動物種が実験に使用可能であるべきだとする見解、から遠ざけてしまったし、この問題に対する一般市民の認識も変化しつつある、と述べた。
アメリカでは、米国農務省が動物の実験使用を規制し、野生生物魚類局が絶滅危惧種に関する規制や野生生物の実験使用規制を行っているが、両省の職員によれば、チンパンジーの実験使用が法律で禁止されれば、連邦政府が初めて生物医学の研究においてどのような種であれ動物の使用を禁止することになるという。プリンストン大学で生命倫理を教える「動物の解放」の著者ピーター・シンガーは禁止が現実となれば、初めてのことであり、その意味で重要だという。「動物の解放」は、アメリカで現代の動物の権利運動が始まるきっかけを作った本と評されている。これは、動物の権利運動家達がこの30年間描いてきた変化が起こっていることの現れであり、すべてかゼロか、というように一機に変わるのではなく、人々のものの見方を変えるための努力が着実に進行しているということだ、とシンガーはいう。
本紙がインタビューした動物の権利活動家は、政府がどの動物であれ実験使用を禁止する可能性を実際に検討しているというような話をNIH関係者から聞いたことはないという。
研究者側はこの話題についてあまり話したがらない。テキサス州サンアントニオにある国立南西部霊長類研究センターのターディフ副所長はストランドバーグの発言に対するコメントを断った。このセンターでは研究にチンパンジーを使用しており、使用が禁止された場合、どのような影響があるかという質問に対して、アメリカでの肝臓移植の主な原因であるC型肝炎に感染するのは、人間以外ではチンパンジーが唯一の種であると答えた。
確かにチンパンジーは人間と99パーセント以上のDNAを共有しており、生物学上の最近縁者だ。野生においては、道具を作り、ときには人間のような暴力行為に及ぶこともあり、狩りもすることで知られる唯一の種である。また、手話を習得する能力を持つ、複雑な社会動物だ。共同体を形成し、その内部には政治が存在する。事実上、彼らは私たちであり、私たちは彼らである。ラットやマウスについては、動物の権利絶対主義者は解放されるべきであると主張してはいるが、一般市民は決してチンパンジーに対してとは同様の気持ちになれないだろう。
近年、研究界はチンパンジーの使用数を減少させたが、NIH傘下の研究施設には概算で1325頭のチンパンジーが残っているとストランドバーグはいう(ワシントン大学にある国立ワシントン霊長類研究センターには1頭もいない)。
実験擁護団体は、生物医学研究における動物の使用にアメリカ人が賛成していることを示す世論調査をよく引用する。しかし、昨年のゾグビー世論調査では、チンパンジーは幼児のものと等しい権利―これにはインフォームド・コンセントなしで被実験体として使用されない権利を含むと考えられているーを持って然るべきと大多数のアメリカ人が考えていることが分かった。一般市民が動物実験問題について、これを巡って対立している実験研究者や動物の権利擁護者よりはるかに矛盾した見方をしているのは明らかだ。
しかし、これは実験研究者にも当てはまる場合がある。カリフォルニア大学サンディエゴ校で研究にチンパンジーを使用しているヴァルキ医学教授は、関係者全員にとって最善の中道があり、法規制を、大型類人猿の倫理的地位に対する最新の認識を取り入れて改正し、最高の医学的ケアを提供するよう促せば、それによって私達は、臨床での場合と同様、多くのことを学ぶことができ、また、人間において一般に受け入れられるような種類の研究を許可するようになる、という。
会議前には研究者も実験反対主義者も、議論の戦闘準備に入った絶対主義者のように見え、マスコミの取り上げ方も悪質で不公平なものだった。10月5日、The Seattle
Times は、”動物テロリストに抵抗する”と題された、AALASの会長を務める、ワシントン大学のシンシア・ペコーの意見投書を掲載した。もちろん、過去20年の間には、放火、器物破壊、研究者や研究者と関わりのある企業に対するハラスメントを行う動物の権利極端論者もいたが、そのような行為は動物解放戦線(ALF)、あるいはより最近ではハンティントンの動物虐待を止める会(SHAC)によるものだった。
ペコーは動物の権利運動における極端論者と、ペコー自身のいう「地元の動物の権利団体」を一緒くたにしてしまったのだ。「地元の動物の権利団体」とはノースウェスト・アニマル・ライツ・ネットワーク(NARN)のことであり、過去20年間、この団体はデパートの前で毛皮のコートに抗議し、ワシントン大学の研究者の自宅前にピケをはってきたが、彼らの活動には暴力やテロ行為の片鱗すら見えなかった。
3日後、Seattle Post-Intelligencerのコラムニスト、スーザン・ペインターは、大会へのデモに集まる動物の権利活動家が、研究者に向かって飲み物や何かもっと気持ちの悪いものを投げつけるだろう、これらの活動家は動物の権利極端主義者の一部だと、無知にも言ってのけた。NARNは会議中にデモを組織した唯一の団体だったが、ペイナーが彼らにインタビューを申し込んだことはなかったという。また、地元のテレビ・ニュース番組は、「私たちの街の暴力」として素早く特集番組を組んだ。ノースウェスト生物医学協会の実行委員長で動物の権利活動家の宿敵であるスーザン・アドラーでさえ、シアトルのマスコミが状況を把握しておらず、研究者が大会で議論していた科学を無視していた、という。
最近、NARNの実質的な常任代表となったアンドリュー・ナイト獣医師は、ワシントン大学でサルを使ってAIDSの研究を行っているチャールズ・アルパースの自宅前で、11人のデモ参加者の先頭に立ってデモを行ったが、テロ行為はまったくなかったという。彼らは寒い中、歩道に立ちプラカードを掲げ、ナイトはメガホンを使って、15年以上もサルやチンパンジーやマウスを使ってHIV予防ワクチンを開発しようとした挙句、科学はほとんど何も成果をあげていない、これは動物モデルが見込み違いだったというさらなる証拠ではないか、と近隣の住人に訴えた。
会場では、30人以上の地元警官が、多いときでも17人という数のデモ参加者をつねに監視していた。シアトルに4つあるニュース局の撮影スタッフが会場に詰め、絶対主義者達の衝突を捕らえようと待ち構えていた。しかし、NARNはこのマスコミの茶番を逆手に取って利用した。10月12日、デモ参加者は手書きで「動物の権利テロリストです、逮捕して下さい」と書かれたTシャツを着て会場の前に立った。しかも、にっこりとほほ笑みながら。玩具店で購入した怪盗ゾロのマスクをつけたものもいた。だが、この冗談を理解できなかったマスコミ関係者もいて、その晩のニュースで、KIROテレビのアンカーは、その日の出来事をまとめる際に、いかにも憂慮していると様子で「デモの参加者の中にはマスクを着用したものもあり、窓を打ち破る無政府主義者の集団のようだった」とコメントしていた。
Seattle Weekly (2003.10.22)
http://www.seattleweekly.com/features/0343/031022_news_animalresearch.php
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