環境省の実験動物基準、文部科学省、厚生労働省の動物実験指針が決定しました。しかし、その制定に至る手続きは非民主的で不透明なものです。
●一般の意見が反映されない制度
1月に、環境省による「実験動物基準」の改正案が出され、2月には文部科学省の動物実験に関する指針案、3月には厚生労働省の動物実験の指針案が相次いで出され、それぞれについて、パブリックコメントが行われました。
これらのパブコメには多くの意見が寄せられたものの、結果を見ると、一般からの意見は何一つ反映されていません。省庁がパブコメに出す時はすでに最終決定事項となっており、単なる形式的な儀式にすぎないようです。意見を出す側にしてみれば時間の無駄で徒労です。この制度が設けられたことはいいのですが、今のような形式的手続きである限り、そのうち皆が無関心になり、形骸化してしまうおそれがなきにしもあらずです。
一方、意見がないということは、異論がないか、この問題に関心がないというようにも受け止められます。やむなく意見を出さざるを得ませんが、どのみち検討しないのなら、初めから投票かアンケート方式にしたらどうかと言いたくなります。実際、動物取扱業基準のパブリックコメントで、生後8週齢以下の子犬子猫を販売しないことという基準案が示されたとたん、業者団体から数千件の同一反対意見が寄せられました。しかし、このような意見の出し方は本来のパブコメの趣旨ではないでしょう。そもそもパブリックコメントとはどういうものなのか、この機会に考えてみたいと思います。
●パブリックコメント
パブリックコメントは、法律を執行するために行政が定める規則(政令、省令、条例など)について、制定や改正の際に国民から広く意見を聞くという手続きです(日本では2003年の閣議決定で採用)。
本来民主主義国家の原則は「主権在民」であり、権利の主体は国民です。そして国の法律は選挙で選ばれた国民の代表者が国会で議論して定めることになっています(実際は、行政府が作った条文がそのまま国会を通過して決定することが多い)。しかし、その法律を運用するために行政が作る規則(政令、省令など)は、選挙で選ばれたのではない役人が定めます。政省令も国民の権利義務を拘束するものですが、その内容をチェックする機関はありません。そこで、行政が定める規則等については直接国民の意見を聞く制度としてパブコメが設けられたものであり、民主主義的手続きの一つということができます。
残念ながら日本では、民主主義自体が根付いていなかったせいか、パブコメ制度が法制化されるには、2005年の行政手続法の改正まで待たなければなりませんでした。(2006年4月1日施行)
●情報公開と市民参加
日本では基本的な政策決定は、一般国民の預かり知らぬところで、官僚と関係業界、族議員と言われる人々だけで行われてきました。一般国民はどこでどのような政策が決められていくのか知らされず、せいぜい自己の属する組織の利害関係についての情報が流されるのみでしたので、社会全体の政策について考えることも、まして参加しようとすることさえ、できるような状況ではありませんでした。こうして長年の間、「立派な政治家と優秀な官僚にすべてをお任せ」してきた結果、日本国の借金は返済不可能な天文学的数字になり、自然環境はぼろぼろに破壊され、不安と危険に脅かされる殺伐とした社会となってしまいました。そこで、これからは国民にもこの厳しい現実を知ってもらい、過大な負担も甘受してもらわなければならない、ということになってきました。その理解や協力を得るためには、いくらかは情報を公開して政策決定にも門戸を開かなければならないという時代になったわけです。
●アメリカ政府の提言
パブリックコメントが制度化されたとき、なぜ政府が自発的にこのような民主的制度を採用したのか不思議に思えたのですが、実は長年にわたるアメリカ政府の要求に応えただけのようでした。(P.4参照)
内発的な制度ではなかったせいで、単なる行政上の形式的手続きで(本音では国民の意見を聞くつもりはない)、意見募集期間がわずか1週間というようなことがあったり、誰も知らないうちに「意見なし」で終了してしまうといったことがしばしばありました。また実施の公表が官庁のホームページにのる程度なので、インターネットの接続環境にない人には知る術もありません。
アメリカ政府は、BSE問題などでわかるようにまったく自分勝手な国ですが、パブリックコメントについては日本政府にまともな要求をしています。
アメリカ政府による日本政府への提言
I. パブリックコメント手続き
(略)米国は日本に以下のことを要望する。
I-A. 改正されたパブリックコメント手続きの趣旨を徹底するための具体的な措置を取る。それらの措置には省庁が以下の措置を取ることを含む。
I-A-1. 真に緊急を要する案件以外は最低30日間の意見募集期間を設定する。
1-A-2. 提案された意見を真剣に検討し、適切な場合はその提案を最終決定される規制に反映させる。
I-A-3. 関係者が問題を分析し意義ある意見を準備するために充分な時間が提供されるよう規制草案をできるだけ早い段階で公表することを義務付ける。
I-A-4. 意見を実際に反映できるよう、意見募集期間の締め切りと規制の最終決定までの間に充分な時間を設ける。
I-B. パブリックコメント手続きの改善を目的としたこの度の行政手続法の改正の有効性を徹底的に評価し、その評価結果を公表し、いかなる結果に対しても一般市民が意見を表明することのできる機会を提供する。
I-C. この度の改正が、政策決定過程において一般市民に有意義な意見表明の機会を十二分に提供しない場合は、パブリックコメント手続きの実施要件を更に変更することを積極的かつ迅速に目指す。
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●審議会のあり方も問題
政策決定の不透明さは、審議会の委員の構成やその選出方法にも如実に現れています。特に、この実験動物/動物実験に関する委員会の構成メンバーは片寄っており、社会に対する説明責任などはうわべだけのものです。審議会においても各委員が自己及び自己の所属する組織の都合を主張しているばかりで、本当の意味での公益を代表する発言もなく、科学研究における倫理や社会的責任、制度上の問題点に迫るような議論は行われません。また、議事録の公開が遅いのはまだましで、公表さえされないこともあります。議事録が公開されたときは、すでにパブリックコメント、指針の公布が終わっていることもしばしばで、一般の関心が失せた頃に出すというのが通例のようです。
要するに、審議会を公開し、パブコメを実施するなど形式的には民主主義の装いをしていても、中味は依然として「寄らしむべし、知らしむべからず」という官尊民卑の仕組みが続いているのです。このような構造は国はもとより地方自治体でも同様です。市民参加が必要と言われますが、本当の民主主義というのであれば、その前提として市民参加の仕組みや合意形成の制度が作られなければなりません。
この点に関しても、アメリカ政府は、日本政府にまともな要求をしています。こういう対日圧力には耳を傾け政府としてきちんと対処してもらいたいものです。
アメリカ政府による日本政府への提言
V. 市民参加による政策策定-審議会等
審議会やその他の政府の諮問研究会等は、多くの場合、日本の政策策定において重要な役割を担っている。これらの会のメンバーリストや議事録は公表されているかもしれないが、審議会や研究会等の設立プロセスはいまだ不透明であり、その政策決定プロセスにおいて、メンバー以外の者には、そのメンバーに与えられているのと同様の有意義な意見表明の機会は与えられていない。米国は、日本が以下の措置を講じて、審議会やその他の政府諮問研究会等の透明性を高めるよう要望する。
V-A. 審議会や研究会等が設立される前に、その設立計画や設立プロセスを知ることができるようそれらの情報の告示を行う。
V-B. 審議会や研究会等およびそのメンバーリストを一元化し、そのリストに電子的にアクセスすることを可能にする。
V-C. 可能な限り、審議会や研究会等のメンバーを公募し、すべての利害関係者が審議会や研究会等に参加する機会を最大限拡大する。
V-D. 審議会や研究会等の審議での政策立案に対して、すべての利害関係者がインプットを提供する有意義かつ十分な機会を提供する。
V-E. 利害関係者が出席できるよう審議会や研究会等の会合を充分事前に告示する。
VI. 市民参加による法案作成
VI-A. 米国は、日本の省庁が、法案作成の早い段階で、利害関係者にその草案を公表し、利害関係者がその草案に対して意見表明する機会を拡大させることを提言する。
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(コラム)
EUが動物福祉5カ年行動計画を公表
EU委員会*は、2006年1月23日に「EU動物福祉5カ年行動計画2006-2010年」を公表した。この計画は以下の5分野の行動計画から構成されています。
(1)動物福祉分野の最低基準の引き上げ
(2)動物福祉分野における研究及び動物実験における「3つのR」の原則の促進
(3)動物福祉に関する品質表示・規格化の導入
(4)家畜飼養者や一般市民への動物福祉に関する情報提供と共通認識の促進
(5)EUは動物福祉分野における国際的なイニシアティブを保持
*EU委員会=欧州委員会は1加盟国より1人ずつ任命される計25人の委員で構成され、主な役割はEUの基本条約の遵守を求めることである。条約の違反国を提訴する権限も有する。また、EUの行政執行機関として条約の特定の条項を施行するための規則を発令し、EUの予算の歳出を管理する。
日本の実験研究者たちは動物福祉を重視するEU型の方針を嫌い、ことある毎にアメリカ型に倣っていくべきだと主張しています。しかし、アメリカ型の民主主義的施策はまた嫌いで、日本独自の文化?に基づいてやるべきと主張。医科学研究は国際基準で行われるものですから、日本の学術研究の閉鎖・独善性はそのうち頭打ちになるのでは? (野上)
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