AVA-net 84号:巻頭言
暴走する医科学研究、その非人間性への疑問を
12月3日付けの「朝日新聞」に、「『心の傷』を脳科学で解明」という記事が1面に大きく載っていました。この中で、脳研究のためにさらに動物実験を行うことが書かれています。
記事の要約
強い恐怖を体験した後に不安や意欲の低下などが続く心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの心の傷を、脳神経科学の視点から探る研究を専門家グループが始めた。・・全国の8つの大学や東京都精神医学総合研究所、製薬会社などの研究者ら(統括者=加藤進昌・東京大学教授)が、約5年がかりで研究を進める。…ストレスは脳を通してさまざまな体の不調を引き起こすが、その仕組みはよくわかっていない。脳の組織の活動を調べる診断技術の進歩によって、今回のような研究が可能になった。
動物に人工的にストレス刺激を与えて体や行動の変化を詳しく調べ、ストレスにかかわる遺伝子を探したり、治療薬を開発したりする計画もある。
激しいストレスによって心身の障害を起こした人の脳を研究して、その解明を進めるという、このような研究は、単にストレスが脳障害を起こす可能性を解明するだけで(それもできるかどうかわからない)、深く傷ついた人の心を癒す方法を研究するのではありません。
また、このような脳科学の研究のために使われる予算は10年間で2兆円もが計上されているとのことです。ちょっとよく考えれば、いかにばかばかしい限りのお金の乱費であるか、誰もが分かるのではないでしょうか。
思いやりややさしさによって人の心を癒すことや、不安にみちた社会のあり方を変えようとはせず、不幸にも病んだ人の心を薬や手術などで取り除こうというのは、社会をますます非人間化するものとなるでしょう。そればかりか、動物実験によって、何の関係もない動物をひたすら苦しめ傷つけていくことは、医科学研究者の精神の退廃を招くだけのものとなるでしょう。
12月8日付けの朝日新聞夕刊の記事で、「科学技術は21世紀の生活をこう変える」という科学研究者たちによるアンケート記事が掲載されています。その中に「倫理観、道徳観の欠落や衝動的な犯罪行動と脳機能の関連が解明され、犯罪がほとんどなくなる」というものがありました。
人間の心を脳機能で説明し、個々の病や犯罪を脳の治療(改造?)で解決するというのは、ぞっとするような未来予測ですが、確実に今の科学研究はそちらの方向に向かっているのです。
確かに人は苦しみ心に傷を負う生き物です。しかし同時に、またそれを乗り越える能力も持っています。それこそが、人間が人間であることの証ではないでしょうか。
脳研究を含む多くの医科学研究の大部分は、今や、人の苦しみや動物の犠牲を食い物にして成り立っているかのように思えます。医科学研究がいかに税金を乱費し、人も動物も犠牲にするばかりで、何ら私たちを幸福にしないばかりか、社会をますます非人間化させているという事実に、私たちは気付かなければなりません。(野上)