●心くじける獣医師教育
当会には、将来獣医師になりたいという中学生や高校生の皆さんから、よくお手紙が寄せられます。その場合、皆さんがいちばんためらいを覚えるのは、大学で動物の解剖実習や生きた動物を使っての実験をしなければならないという点です。動物のいのちを救いたいという気持ちで獣医師をめざす若い人々が、大学に入って受ける教育が、動物を非人道的に取り扱うことであるという事実は、心をくじけさせるものです。
●獣医師の仕事
日本では、現在、獣医師の数は28000人、そのうち、犬や猫などの小動物の獣医師は10000万人くらいと言われます。その他の獣医師は、いわゆる産業動物(牛、豚、ニワトリ、馬など)の診療をしたり、または動物実験施設で実験動物を管理したり、あるいは、と畜場で肉の衛生管理に携わったり、さらには保健所などで犬猫の処分に関わる仕事をしたりしています。
●産業動物中心の教育
獣医師の国会試験免許を与えるのは農水大臣であることからもわかるように、日本の獣医師は産業動物の取り扱いに関わる職業であることが前提となってきました。そのために、これまでの日本の獣医学教育は、産業動物を中心としたもので、人間の経済的利益のために家畜をどのように管理するかという事柄がほとんどを占めています。特に、最近では、肉がたくさんとれる、乳が大量に搾れるなどの「優良な」個体をクローン技術を使って大量生産するなどという方向に、突き進んでいます。
しかし、その反面、行き過ぎた経済効率主義が、畜産動物たちの心身をむしばみ、免疫力を低下させ、さまざまな病気にかかるようになっています。この十数年、世界各国に広がっている「狂牛病」(BSE)は、牛ばかりでなく、その肉を食べる人間自身をも狂わせるようになってしまいました。
●倫理教育が必要
畜産動物といえども、私たちと同じように、生きる意思を持ち、痛みや苦しみを感じる存在です。彼らに対する非人道的な取り扱いは、獣医師のモラルを狂わせるという指摘は、本当だと思います。
残念ながら、日本の獣医学の大学のカリキュラムの中には、まだ、動物の福祉や生命倫理に関するきちんとした教科が存在しません。このままでは、社会で求める獣医師像とどんどんかけ離れてしまい、獣医師の人々自身も深い悩みを覚えることになるでしょう。
●海外ではどうか
ヨーロッパ諸国では、解剖実習をしなくてもよい獣医大学が増えています。また、畜産動物の福祉に関する研究もすすんでいます。それを支えているのは、おそらく消費者、一般市民の意識の変化です。実際、動物に苦しみをあたえた製品は購入しないという人々が増えています。民主主義の国では「思想・信条の自由」という基本的人権があるので、動物を殺さないという信条にもとづいて生体解剖をしない学生も増えています。
●市民の声が必要
教育の現場を変える力を持っているのは、実は学費を払っている学生たち自身でもあるのです。若い世代がもっと海外の獣医学教育の動向を学び、日本の古くさいカリキュラムの変革を働きかけていくことは、とても大きな力を持つでしょう。