アメリカ、古い学習方法を止める
生物学の授業に生命の息吹を取り戻す7つの方法
AVA-net News No.121 (2006.11-12)
翻訳:宮路正子
反応は個人で異なるものの、アメリカのティーンエイジャーのほとんどは、生物学の授業でカエルやブタの胎児を解剖した経験がある。解剖実習は1920年代に始まり、他の方法では代替することのできない大切な実習体験と考えられていた。それは、通過儀礼であったし、多くの生物学教師にとっては未だにそうである。
生物学指導における人道的方法は存在することはもとより従来の方法より有益でもある、とジョージタウン大学の生命倫理学者であり生理学者でもあるバーバラ・オーランズ博士は言う。それでも、多くの教育者が解剖実習に固執する。オーランズ博士は動物福祉研究所(AWI)の科学委員会の委員を長年務めているが、変化の時期がきており、高校や大学での解剖は廃止するべきだという。
1970年代から80年代にかけて、動物の扱い方や解剖を拒否する学生の権利という問題に人々が敏感になってきたことが表面化し、その結果、解剖実習を行わないという学生の選択権を保護する法律が11の州で成立した。しかし、それより重要なのは、国中の獣医学校や医学校における生物学教育が目覚しく進歩したために解剖実習が減少したことで、責任ある医学のための医師委員会(PCRM)によれば、おそらく80パーセントほども減少したという。これはテクノロジーのおかげでもある。
テクノロジーは大きな躍進を遂げ、手頃で、最先端の立体イメージ、CD-ROM、コンピュータ・ソフトウェア、ビデオテープ、本物そっくりなモデルを利用可能な(そして多くの場合、より優れた)代替法として提供してくれるようになった。
高品質で費用効果も高く、人道的な代替法がこれだけたくさんあるのに、多くの高校や大学が同様の措置を未だに講じていないのはおかしなことだ。
医師、看護士、獣医師、救急救命士を養成する学校が、より実用的で見識ある方法を取っているというのに、なぜこれらの学生は、基礎的な人体解剖学について学ぶために、未だに慣習的なカエルやブタの胎児の解剖を行っているのか。
カリフォルニア大学デイヴィス校のリネットA. ハート教授は、この理由について同僚のメアリW. ウッドとシン-イ・ウェンと共に数年に渡り調べてきた。ハート教授は、獣医大学院にあるカリフォルニア大学代替法センターの所長であり、大学入学前教育における動物の使用に対する管理指導を提供するためのパイロット計画を準備中だ。まもなく発表される論文(下を参照のこと)では、高校の生物学の授業で解剖の代替法を主流とするうえで主な障害とみなすものについて解説している。
ハート教授らはまず、(1つ目の障害である)解剖という論議を呼ぶ話題が「科学教育研究、国のカリキュラム基準、科学という枠組みの中でめったに言及されないこと」に衝撃を受けている。
2つ目の障害は財源不足だ。 際限ない予算削減のこの時代、ほんの10年前には存在していた高校の科学情報資源センターがなくなってしまったとハート教授はいう。センターがあったときには、生きた原虫や多細胞生物、ソフトウェアその他の教材をいつでも授業に使うことができた。
3つ目の障害は動機づけだ。 経験に基づく学習で学生の意欲をかき立てる努力をしようとは思うものの、時間に追われる教師は慣れ親しんだ手近なものを利用してしまいがちだ。
それではどうしたらいいのだろうか。この問いに対する答えを求めて、高校の生物学教師、動物行動学者、生命倫理学者、人道教育組織の代表、大学教授にインタビューした。 以下が生命科学に生命の息吹を取り戻すための簡単ではあるが重要な方法としてインタビューで提案されたことだ。
1.話し合う
インタビューした専門家の多くが、生物学には動物倫理(アニマル・エシックス)に関する議論を組み入れる必要があるという意見だ。 PCRMの動物行動学者ジョナサン・バルコム博士は、学生に動物の体内の構造に直接触れて欲しいと思う教師の気持ちは理解できるが、その動物がどのように入手されたか、どこから来たのか、どうやって殺されたのかについて話し合われることがないのはなぜなのか、と問い、これらの動物がどのような恐ろしい方法で調達されるかを学生や教師が目の当たりにすれば、解剖の授業はすぐに存続の危機にさらされるだろう、と加えた。
2.テクノロジーに投資する
あるコンピューターのプログラムでは、心臓外科医が解剖した人間の心臓を30の異なる角度から見ることができるし、新しいインターアクティブ(対話式)のCD-ROM Digital Frog IIには生体構造モジュール、解剖モジュール、生態モジュールが含まれている。 これらの教材やその他のモデル、シミュレーター、ビデオ、マルチメディアプログラムは、毎学期、授業のたびに再三使用できるので、費用効率も良い。代替法教材のための情報センターとして機能する国際NPO団体、InterNICHEのコーディネーター、ニック・ジュークスは、強力な新しいソフトウェアは、構造や過程を効率よく理解する手助けをするので、それと比べると従来の解剖や動物実験が稚拙に思えてくるという。
3.人体への関心を促す
自己実験は、医科大や医科大予備コースのカリキュラムを参考にして、高校生や大学生の必要性に合わせて考案されたもので、代替法市場における重要な分野だ。学生は通常、少人数のグループで、例えば、心機能と有酸素運動の関係などについて、自分達自身を対象にして作業を行う。それは、インターアクティブであり、参加型実習であり、データ分析も必要だ。教師が構成を工夫すれば、仮説検証さえ含むことができる、とニューヨーク州アデルファイ大学の生物学教授ジョージ・ラッセルはいう。ラッセル教授はこのような作業を自分の学生に定期的にさせている。
4.ネット上に教育資料データをアップする
ハート教授は世界中の高校生物学における優れた教育指導の基幹を提供する8種類の無料オンライン・ソフトウェア・レッスンがアップされることを切望している。教授が思い描くのは、ビデオゲームのテクノロジーを使って巧妙かつ精巧に作られたソフトウェア、すべての教師が簡単にアクセスできる、骨格筋、呼吸、消化、神経、生殖、循環、聴覚、視覚という8つのシステムの基礎ラボだ。これが実現すれば多くの学校で生物学ラボが変革されるかもしれないという。
5.高校の科学情報資源センターを復活させる
オーランズもハートもかつての科学情報資源センターがいかに貴重であったかを力説する。生物学とは生命の研究であり、教師が教室で生きた有機体を使用するとき、学生ははるかに多くのことを学ぶ、とオーランズはいう。センターは生きた原虫、バクテリア、菌類、アリ、ミミズ、クモ、その他の生物が何でも手に入る場所で教師達はそれらの生き物を共有していた。これらのセンターは、責任を持って動物の世話することを教え、また、人間を使って実験するための器具もそろっていた。父兄、教師、学生は、センター復活を要求していかなければならない。
6.倫理的な教材を見つける
多くの獣医学校では献体プログラムを採用しており、飼い主が死んだペットを解剖用に学校に献体している。
バルコム博士は、大学や高校でもこのプログラムを採用できると考えている。また、地域奉仕活動として、獣医学生が授業に来て、動物の生体構造やペットの抱える健康問題について話すこともできる。このような方法をとると、動物は名前を持ち、経歴をもつようになる。これはとても重要なことで、それにより動物への敬意の気持ちが生まれるのだという。
7.動物の認識力や同情心について教える
オレゴン州の高校生物学教師ペグ・コーネルは、教師になって16年経つが、動物に対する学生の見方が変ってきているという。動物にも感情、言語、知性があるという認識が高まっているというのだ。子供時代に築いた自然界との絆は生涯変わらない。また、ラッセル教授は、世界が最も必要としているのは、同情心と心からの慈しみの感情であるかもしれず、生物学教師には、そのような能力を若者が培うことができるよう支援する義務があるという。
今日、私たちが知っていることをすべて考慮すれば、教育のために動物を殺し、傷つけることが学生にとって最良のことではないことをいいかげん認めることができるはずだ。学習するのにより良い方法はたくさんあるのだから。
---------------------------------------------------------------
参考資料
www.vetmed.ucdavis.edu/Animal_Alternatives/main.htm
www.interniche.org
---------------------------------------------------------------
Animal Welfare Institute
Winter 2006 Volume 55 Number 1
http://www.animalwelfare.com/pubs/Quarterly/06-55-01/06_55_1p16.htm
|